リバーシブル
波戸×矢島もありだよな?
誰かと一緒にいれば、それはそれで楽しい。
だからと言って、無理やり誰かと一緒にいるつもりはない。幸いにして、私は高校時代には相方とも呼べる相手がいた。
大学に入ってからも一緒につるめる腐女子友達ができた。
だからと言って、午前中に講義のない吉武を呼び出すつもりはない。飯は一人で食べても二人で食べても同じだ。
二人で食べれば、ただちょっとだけその時間が楽しくなるだけで。「あ、あの」
「ん……波戸か」
聞き慣れた声に背後を振り返れば、波戸がそこに立っていた。
女声のほうが聞き慣れてるって、どうなんだ。
そもそも、男声なんてしばらく聞いてないぞ。「早いな」
「は、はい。今日は一限しか講義がなくって」
「そっか」
「それで、少し早いかなとは思ったんですけど」
着替えてきたわけだ。
まぁ、男の服を着てる波戸って、学内で見たことないけど。「あ、あの、今から学食ですか」
「あぁ、そうだよ」
「ご一緒させていただいても」
「いいよ」
どうせ、飯を食べた後はサークルに行くつもりだったし。
波戸もそうなんだろうな。「ありがとうございますっ」
いや、そんなに嬉がらんでも。
あ……男と一緒に食事か。
ま、でも、波戸……は、男なんだよッ。「行こうぜ」
ま、いいか。
混みあう前に食べ終わりたいし。「は、はい」
波戸を連れて、並ばずに学食棟に入る。
入り口でお盆をとって、適当にメニュー表を見上げる。
今日のサービスは、白身魚のフライか。「何にするかな」
タルタルソースが常備されてる学食で、白身魚のフライはそそる。
付け合わせはいつものサラダだろうし、マカロニか。
あれはマヨネーズののばし方がなぁ。「ご飯、小でお願いします」
あ、もう波戸は決めたのか。
しかも、ご飯『小』だと。私はこの食堂で『小』なんて頼んだことがないのに。
「ご飯……『中』で」
波戸の後ろに並んでいた関係上、頼まざるをえない。
いやいや、今、波戸は女の格好だし。
大丈夫だ、私。「日替わりをお願いします」
「私も日替わり」
「はいよ」
白身魚のフライにタルタルソースをかけて、先にレジに並ぶ。
ふと振り返ると、波戸はソースの前で悩んでいた。「先にいくぞ」
「は、はい」
私の後ろに並んだ波戸は、ポーチから財布を出していた。
先にプリペイドで支払いを済ませて、人通りの少ないテーブルに向かう。ここはお茶の機械が近くにあるわりに人の通りが少ない。
窓から少し離れていて、薄暗いから敬遠されるってのもあるんだろう。
このあたりの座席はいつも空いていて、二人なら座れないことはない。「あ、お茶でいいですか」
「悪い」
私が席を取っている間に、波戸がお茶の機械のところに行ってくれた。
お茶の入ったコップを受け取ってから、両手を合わす。「いただきます」
「いただきます」うおっ、波戸、いつの間にデザートのヨーグルトまで。
しかも、小さなスプーンまで完備だとッ。「美味しいですね、学食って」
「そういや、普段はどこで食ってんの。あまり見かけないけどさ」
まぁ、女の格好は目に付くけど、昼時は男の格好だろうし。
それだと、あんまり目立つタイプでも無さそうだしなぁ。「そうですね。普段は外のカフェとかが多いですね」
「カフェ……そんなのあったか」
「裏門から出て、商店街に下る途中にあるんです」
「あぁ、あの細い路地か」
「はい。今度、一緒に行きませんか」
「いいぞ……っても、お前、昼は……違う格好だろ」
まさか、男の格好で私と一緒に行きたいってわけじゃないだろうし。
そんなドM属性……は、ないな。
波戸、意外とSというか、黒属性だし。「授業がない時に早めに来ます。吉武さんも誘いましょう」
「そだな」
やべぇ。
てっきり、二人きりで考えちまってたぜ。いやいやいやいや、波戸、今は女なんだ。
あー、もう、マジで女にならんかな、波戸。
美味しそうにヨーグルト食べてる姿は、完全に女なんだけどなぁ。「やぁ、見かけない顔だね」
あー、またナンパだよ。
いくら何でも、声かけられすぎじゃね。
私と吉武の時なんか、一回もかけられたことないぜ。「は、はい」
「食べ終わったなら、行こうぜ」
さすがに場の逃れ方だって覚えてくるよ。
波戸と一緒にいる時以外に、役に立ちそうにはないけどな。「はい」
「あ、名前だけでも教えてくんねーかな」
「行くよ」
あたふたしてる波戸の肩をつかんで、片手でトレイを持つ。
トレイを返して食堂棟の外に出ると、波戸が私の腕をつかんできた。「ありがとうございます」
「いいって」
「絶対、カフェ、行きましょうね」
「はいはい……もう放せよ」
「吉武さんにはつかませてるじゃないですか」
「あれはもう、その、諦めた」
「そうなんですか」
それに、この状況。
王道なら女が男の腕をつかむもんだろ。波戸は男だけど、女の格好をしてるだけで。
私は女だけど男の立場にいるわけで。何だ……私、今、タチなのか。
「あのさ、私、タチじゃねーから」
「はい……わたしもネコじゃないですよ」
「あ、うん」
ややこしい。
ややこしいんだよッ。「もう……いいや」
何だかなぁ。
疲れたなぁ、本当。「あ、大野先輩」
「あら、波戸さんに矢島さん」
腕を解放してくれたのはいいけど、服の形がお前の手の跡になってんだよ。
やべぇ。
今……顔、赤くね。「ちわっす」
挨拶をしながら、私は服の袖を引っ張った。
隣にいる波戸が勘違いしないように、服の裾を全部引っ張りながら。
<了>