出てけ!


 あ、何で家に上がってるかな、コイツは。

「信二、誰の許可を得て……」

「あぁ、君のおばさんです」

 母さん、何でこんな男を娘の部屋に入れるわけ?

 はっきり言ってコイツ、ストーカーよ、ストーカー。

「とりあえず、出てって」

「おや、つれないですね」

「着替えるから出てって」

 同性ストーカーなんかに裸を見られるのは、絶対に嫌だ。

 しかも”興味ありません”と言わんばかりの目で見られたら、絶対に立ち直れなさそうだ。

 コイツなら、やりかねん。

「わかりました。では、着替え終わったらノックして下さい」

 随分あっさりと出て行ってくれたもんだ。

 今度から、部屋の扉に鍵をつけておこう。

 汗臭い服を脱いで、一応お気に入りの服に着替える。

 まぁ、アイツも男だからね。それなりの敬意は表すつもり。

 どこで素敵な男性に”あの女は普段着がダサい”と言われるかわからないし。

「まったく、シャワー浴びれなかったじゃない」

 仕方がないから、代わりに制汗剤をたっぷりかける。

 ちょっと不自然な臭いだけど、汗の匂いをかがれるよりはマシだ。

「ふぅ……こんなもんかな」

 無理を言って買ってもらった鏡台で髪を整える。

 砂埃のせいですこしザラつくけど、気にしない。

 ……て、アイツ、鏡台の上にメガネ置いてやがんの。

 何が何でも戻って来る気だな。

 おまけに……アイツに着替えを見られていたみたいで、かなりムカツク。

「信二、もういいよ」

 そう言ってやったのに、わざわざノックしやがった。

「入っていいって」

 そう返事してやると、手にジュースを持って入って来た。

「どうぞ」

「……どうも」

 マメだねぇ。

 とりあえずコイツを床に座らせるために、私はベッドの上に腰を下ろした。

 コイツも、女のベッドにまで上がり込むつもりはないようだ。

「お疲れ様でした」

「何だ、見てたの?」

「えぇ。最初から最後まで」

「なら、感想聞かせてよ」

 私はソフトボールを続けている。

 コイツは野球に転向しちゃったけど。

 それも、犬飼とかいうバカ追っかけて。

 絶対にストーカーだね、コイツ。

「自分で捕ってないからわかりませんが、もう少し高めのボールを使ってみてはどうでしょう」

「球威、ありそう?」

「ミットの音からすれば。ですが、体の開きがまだ早い。もう少し溜めさせてみては?」

 うーむ。流石だよ、信二。

 体の開きは私も気になってはいたんだ。

 でも、やっぱり私だけの判断では、先輩投手にそんなこと言えないし。

「あとはバッティング。コースは絞れていても、押されていますね」

「ここのところ、ほとんど打撃練習できてなかったから……鋭いわね、相変わらず」

「捕手の命は洞察力です。君も捕手を目指すなら、もう少しバッターの表情を読むようにしなさい」

 耳が痛い。

 今日の練習試合では、五回のピンチに熱くなっていたのが私にもわかっている。

 先輩もムキになってたし、ちょっと反省しなきゃね。

「まぁ、お望みならビデオで検証しますが」

 ビデオまで撮ってたのか。

 マメだなぁ。

「いいよ。それより、信二はどうなの? レギュラーはとれそう?」

 あ、表情が曇った。

 まぁ、あの十二支でレギュラーとれたら凄いと思うな。

 一度見学に行ったけど、なかなか凄い人達だったし。

「……今はまだ控えの捕手ですが、甲子園までには、必ず」

「とか言って、犬飼君の足引っ張ってるんじゃないの?」

「彼は必ずエースになります。まだまだ秘球もありますし、彼には貪欲さがあります」

 相手が男だと判っていても、かなり腹立つなぁ。

 惚気聞かされてる感じ?

「犬飼君、結構のめり込むタイプじゃない。信二が扱えるとは思えないけどな」

「彼を扱うつもりはありませんよ。ただし、捕手として、チーム内の誰にも負けているつもりはありませんが」

「あの、象みたいな先輩か。打ちそうだもんねぇ、あの人」

 コイツも悪くはないんだけど、やっぱりパワーが違いそう。

 コイツの力じゃ、オーバーフェンスはあり得ないだろうし。

「ですが、必ず正捕手の座は奪ってみせますよ」

「はいはい。頑張ってね」

 正直、無理しないでもいいと思う。

 だって、絶対に同学年の人間に負けるはずがないし。

 先輩が卒業してからでもいいんじゃないかな。

 でも、コイツはそういうの嫌いなんだよね。

「おっと、もう時間ですね」

「練習?」

「えぇ。犬飼君との約束がありますので」

 また犬飼君か。

 私が犬飼君よりも大事じゃないわけだ。

「行きなさいよ、勝手に。別に、信二を待ってたわけじゃないし」

 そう言って、ジュースを飲み干した。

 正直、コイツが出て行った部屋に用事なんかないしね。

 シャワーでも浴びよう。さっきのスプレー、もったいなかったけど。

「では、ビデオは置いていきます」

「ありがとう」

「それと、ノートです。気になった点を書き留めておきました」

 こういうところもマメなんだ。

 それだけ、私を認めてくれてるってことかな。

「読んでおくわ」

 パラパラとノートをめくる。

 几帳面な字で、その時の展開と結果、指摘内容が事細かに記されている。

 何冊目になったかはわからないけど、このノートが私の大事なノートになっている。

 コイツがいなかったら、私もソフトボールやってなかっただろうしね。

「それから、八月は予定を空けておいて下さいよ」

「どうして?」

「甲子園に連れて行くからですよ。そちらのIHには、私も応援に行きますから」

 まだ予選も始まっていないのに、コイツは……。

「ベンチ入りしなさいよ。別に、信二の学校の応援なんてしたくないんだからね」

「もちろん。君も予選敗退などしないように」

「そっちこそ、華武なんかに負けないでよ」

「当然です」

 二人で一緒に階段を下りて、玄関からアイツが出て行く。

 犬飼君に惚れて、犬飼君のために同じ高校へ行って、犬飼君と甲子園を目指す。

 男同士っていいよね。

 女子は甲子園、目指せないもの。

「羨ましくなんかないもんね」

 私はソフトボールを続けるよ。

 信二が、何もない時に会ってくれるまで。

 私のそばにいてくれるって思える時まで。

 

<了>