須美子さん救済企画

僕のおじさん


「では浅見君、次は君が読んで下さいね」
「はい」

 担任の教師に指名され、浅見光彦の甥は、原稿用紙を両手で持ち、発表の為に立ち上がった。

「僕のおじさん。4−3、浅見」

 浅見と須美子が代役を勤める日曜参観日は、いよいよ佳境に入っていった。

 

 

 僕の家は、全員で7人家族です。
 両親と祖母、僕と妹、それからおじさんと須美子さんがいます。
 おじさんは居候で、須美子さんは家事手伝いです。

 居候のおじさんは、いつも祖母にお小言を言われています。
「いつになったら独立するのです」
「車を買うローンを立てられるなら、それで独立すればよいものを」
 その度に、おじさんは苦笑して頭を掻きながら、誰かが救助してくれるのを待っています。

 でも、結局家族みんながおじさんのことを大好きなので、誰かが助けます。
 祖母も結局はおじさんが大好きなので、適当な所で切り上げます。

 そんなおじさんは、フリーのルポライターで、車でいつも日本の史跡や興味深い所を走り回っています。
 その度に祖母に怒られますが、祖母は中途半端なおじさんの取材は咎めるし、かなり深いところまで
勉強してくると、嬉しそうに頷きます。
 やっぱり、祖母はおじさんが大好きなのです。

 そして、おじさんは家のムードメーカーです。
 だから、おじさんが取材旅行でいない時は、家の中が少し静かになります。

 祖母はいつも通りですが、須美子さんが一番静かになります。
 須美子さんがたまに失敗する時は、いつもおじさんがいない時か、おじさんが帰って来る直前です。

 この前は、おじさんが旅行に行った翌日に、珍しく卵焼きを失敗しました。
 塩と砂糖の分量を間違えたんです。

 だけど、おじさんがいる時の須美子さんは無敵です。
 おじさんを叩き起こしているのはいつも須美子さんだそうですし、文句を言いながらも、一人だけ遅い朝食を
摂るおじさんの食器を手早く片付けるし、祖母がおじさんを狙っていそうな時は、台所に一緒にいて、おじさんの
食事を助けるそうです。

 そう言えば、おじさんが旅行に出ると、家族みんなが事故のニュースに敏感になります。
 車で出かけているから、事故に会わないとも言えないからです。
 事故が起きて、それがおじさんでないとわかるとホッとします。

 それなのに、おじさんの身元確認の電話は後を断ちません。
 何故なのかは教えてくれませんでしたが、一度、祖母が電話に出た時は、帰ってからこっぴどく叱られてました。

 この時は誰も助けられません。
 須美子さんも黙っています。
 時々父が助けに行きますが、それも偶にです。

 その時から、おじさんが旅行中の須美子さんの素早さが磨かれていきました。
 電話に出るスピードは、きっと日本一の家事手伝いだと思います。

 そして、内緒話をするように電話を切った後、ホッとした表情をします。
 多分、みんなが気付いているけど、誰も何も言いません。
 悪いのは心配をかけさせるおじさんで、須美子さんは何も悪くないからです。

 こんなおじさんを、時々須美子さんが本気で怒ったりします。
 家庭教師の光子先生がそっと教えてくれたんですが、若い女性からの電話が来た後、決まって須美子さんは
おじさんに冷たく当たるそうです。

 おじさんにそのことを尋ねると、
「須美ちゃんは、電話を聞いただけで美人かどうかを判断できるんだよ」
 と言って、笑いました。

 こんな二人は、絶対に家から出ないと思っています。
 祖母も、「絶対に平均年齢の倍は生きる」とか言われてますし、当分7人家族は変わらないと思います。

 最後に言い忘れていたことを書きます。

 昨日帰って来たおじさんは、どうやらペンダントを須美子さんにお土産として渡したみたいです。
 今朝、滅多にペンダントとかをしない須美子さんの胸に、控え目なペンダントが光っていたのを見逃しません。

 おじさんが夜食のお返しとか言ってましたが、そんなわけがありません。
 僕は聞いてしまったのです。

「そのペンダント、須美子さんの誕生石ね。特注品じゃないかしら。あまり見掛けない石ですもの」
 と、母が言っていたのを。

 同時に、
「ここだけの話ですけどね、今回の原稿料の半分もしたみたいなんです」
 と、須美子さんがいつになく明るい笑顔で笑っていたことを。

 そして今、きっと後ろの二人は顔が赤くなっていると思います。
 僕の口止め料は、大好きなダンゴでいいかな……多分いいと思います。

 当分結婚しないでいいからね、おじさん。

 

<了>