言の葉に寄せて


〜綴り〜

散りゆく綴りを掲載していきます。
遺跡の作品とは違い、此処の作品を残すつもりはありません。
全ては流水の如く流れてゆく作品です。

尚、このコンテンツに関してのみ、著作権を放棄しております。

 


 

なりたい自分になるための努力は楽しい

なりたい自分になるための努力を続けられることは幸せなことだ

 

だけど 誰だって気付いてる

 

なりたい自分になるための努力を みんなが続けられるわけじゃない

 

だからって 絶望しちゃいけない

 

なりたくない自分にならないための努力は地味だ

周りからは認められず 誰にも評価されることなんてない

 

だけど 本当は一番大切なことなんだ

 

なりたくない自分にならないための努力は どんな時だって続けられるんだから

 

だからって 誇っちゃいけない

 

誰にも評価されることじゃない

なりたくない自分なんて 誰も見たくないんだから

 

見せちゃいけないものなのさ

 

 


 

……すみません。
遂にお気軽な短文に走ってしまいました(涙)

自分の目指すものは此処にはありません。
だから、ここに著作権云々なんて要りません。
自分への戒めと、日記を掲示板に書かない為のコンテンツになってしまって欲しいです。

 

〜 インスピレーション 〜

 あらためて、峻祐は詐欺師です。
 他人様の子供を洗脳するという、やくざな商売を続けています。

 

 峻祐の根本にある考え方は、上に書いたとおりです。

 なりたい自分になるための努力は、誰だって続けられるかというと、そういうものではないです。
 なりたい自分を目指し続けられることは、多分に幸福なことなんです。

 だけど、なりたい自分になるための努力は評価されます。
 だってそれは、誰もが憧れることだから。
 そして、成功者はすべからくその道を辿っていると信じていたいから。

 どこかで妥協した自分がいるから、今の自分に妥協することを認められるから。

 

 でも、峻祐は言いたい。伝えたい。

 本当の努力って、なりたくない自分にならないための努力じゃないのかな。
 見たくない自分と向き合うって、なりたい自分でない自分を見ることではなく、なりたくない自分を見ることじゃないの。

 成功者は、強者は、なりたい自分を見ます。
 なりたい自分を目指すことのできる人だから。

 でもね、敗北者は、弱者は、なりたい自分を見たって挫折感が増すだけだから。
 そこを奮起することができるってのは、強者なんだよ。

 

 勝者がいれば、誰かは負けてるんです。
 誰かが勝てば、誰かが負ける。
 敗者を作らない勝者はいない。

 だから、敗者が次の勝負をするためには、10の負けを1つでも減らすこと。

 それは、勝つための努力とは違うんです。
 負け犬根性って言われるかもしれないけれど、受身の取れない柔道はケガを酷くします。

 弱者はまず、受身を取れなきゃ危なくて仕方ないでしょう。

 

 だから、黒帯もってる峻祐は言います。

 受身の取れないことはしちゃいけないんだってことを。
 まずは受身をとれるようにならないと、試合の場に立つ資格はないんだってことを。