イソフラボン ダイエット
またいつもの授業風景が広がっている。僕はいつもと同じように後ろの方の空いた席に着いた。階段教室の天井には隙間があるらしく、春の日差しが差し込んでくる。
ノートパソコンの画面を開いて電源を入れるとキュイーンといつもの音がする。
(この時はいつも例外なくため息がでる)
これから先の120分は、あまりためにならない授業が繰り広げられる。ため息がでても不思議ではない。まだ授業は始まったばかりのはずだが、早くもPCゲームに熱中している者。携帯か何かをいじっている者。各者各様の授業態度が広がっている。
(最新の天文学によると、宇宙は拡散していく傾向にあり例えばわれわれの住む天の川銀河と隣のアンドロメダ銀河は実に230万光年離れている。)
どうも、そんなことを考えていると、人間社会においてもこの宇宙規模の現象とまったく同じことが言えるのではないか…などとと勘ぐってしまう。つまり、もはや「人間」というものに対する統一の見解をまさぐりだすということは到底不可能であり、人間同士による真の共感は否定される運命にある。
無秩序で混沌としたカオス的な社会が到来してしまったということである。この状況を打破することは恐らく困難であろう。一度こうなってしまったが最後、『隣は何をする人ぞ』である…。
どこの学校でもこんな光景は蔓延している。きっとここだけではないはずだ。
今一度、周りを眺めてみる。
しかし、次の瞬間視線はある所でとまった。前列の席の斜め右から、あまりに意外なものが飛び込んできたのだっ。
それはパソコン画面に右から左へスクロールしている文字列だった。
『お願い触らないで!!』
普段あまり見かけない表現に、つい視線が止まってしまった。それもそうだろう…これと似た表現と言えば、北海道土産の『熊、出没注意!!』ぐらいなものだ。
言われなくても触りませんよと、心の中で軽くつっ込みを入れる。
そのパソコンの持ち主は、同世代のかなり体格のいい女の子だった。体格がいい…つまり少し肥満気味ということである。
それ以外に、その斜め前にいる女の子を特徴づけるものはないが、ただ一つ言えることは自分を含む周り人間に対する異常なまでの警戒心である。
きっと何か、他人には触れられたくない何かが、彼女にはあるんだろう。
『お願い触らないで!!』
これが意味するものはいったい何なのか?僕はしばらくこの疑問を持ち続けることにした。
翌週、この教室に入るなり僕はあの女の姿を探しだしたが、見当たらない…。
5月に入り本格的に暑くなりだすと、欠席者も出始める。
そういった連中が授業に出ないで、いったい何をしているのか?雑念でしかないそんな疑問が山のように浮かんでは消えていくが、何一つ確かな答は見出せないだろう。
そう、僕もまたこんな無機質な社会の中で、無機質のごとく振る舞っている必要なとき以外言葉を発しない…。
そういう自分が情けなく、哀しくもあるが、仕方ない。それが社会が無言のうちに我々に要請してくる事なのである。お前は何も考えず、必要なこと以外何も言葉を発するなという。
そのまた翌週。この日も先週以上に閑散としている。この日は白々しく授業を聞くことにした。
しばらくして、学生が1人遅れて入ってきた。そして、僕の隣に座った。見かけたことがないように思えた。
どうやらPCの電源を入れたらしく画面がチカチカとしているのが横目に見えた。
デスクトップ画面が開かれて、しばらくして驚愕した。
『お願い触らないで!!』
今横に座っている人物のパソコン画面に現れたのは、間違いなく前に見た太っちょの彼女のパソコン画面と同じものだ。
だが、その彼女を特徴づけていたはずの太めの体格ではない。これは明らかに別人なのだ。
恐らく彼女は、先週見なかった間に何らかのダイエットを始めて、それが成功したんだろう。それにしても見事な変わりようである。
何が彼女をそうさせたのか?僕には知りようがない。
隣は何をする人ぞ…あえて聞こうと思わない。
完