盗賊

 

薄暗い教会の懺悔室にて、一人の少年が
懺悔をしたいと申し出た。寒いこの土地に来てふと昔のことを思い出したらしい。
よほど思い悩んでいたのか、暫くは俯き顔で沈黙を崩さなかった。

が、

やがて、ぽつり、ぽつり・・・と話をし始めた・・・。

 

物心ついたときからぬくもりなんてなかった。
いつも凍える手足を自らの手でさすりながらちっともぬくもらないのは
何故かを考えていた。

寒かった。

もう、何年も前になるけれど
おいらの住んでるこの場所に大寒波がやってきて
かろうじて風雨を凌いでいた場所でひざを抱えて僅かな体の温もりを
奪われないようにするのが精一杯だったことがあった。
もっとも、冬を越すのが大変な北のシレジア育ちであったなら
何か手立てはあったかもしれなかったが、おいらはあいにく
そうじゃなかったから本当につらかった。

手が悴んで火すら起こせない。
暖をとれないと何もできない。
手を膝から離して体を動かすことも、
温かいスープを作ることだって。
ああ、それよりもなによりもこの場所にはパンの欠片すらもう無かった。

飢え死にしてしまうか、凍え死にしてしまうか
どっちだろう。

動かなければどっちにしても終末は同じところに往きつく。

ああ、もう、はっきりいってどちらでもいいや・・・
と思ってもやっぱり諦めが悪かったおいら。
なんだかんだ言っても死ぬのは怖かったのかもしれない。だから
すこしだけ、外に出て暖を取るための何かか、もしくは腹を膨らますための何かを
探しに行くことにしたんだ。

がたがた奥歯を鳴らせて水も熱も失いかけてからからの手をさすり
しばらく当てもなく歩いた。
こういうとき、御伽噺(おとぎばなし)ならばどこからかいい匂いが漂ってきて優しいありんこが
家から出てきて屋敷に招き入れてくれたりするのだろうけどそんなに世の中上手く
いくわけないよね。結局動き回るだけ無駄だったよ。
だけど、もう限界だった。
考えてみればもう3日も何も食べてない。お腹が空っぽで
背中の皮膚とお腹の皮膚がひっつきそう。
こうなったらなんとしてもどんな手を使っても何か食べるものを手に入れてやろうと
心に決めた。

そうすると。

どこからかいいにおいがしてきた。
この時ばかりは奇跡だと思ったよ。御伽噺(おとぎばなし)だって馬鹿にできないねって。
一目散に匂いのするほうに走っていった。

この家だ・・・。

窓の隙間から匂いが漏れてるんだ。
「ぐぅ〜」 
間髪いれず腹の虫の鳴く音。無理もなかった。
パンの焼ける匂いと、スープから立ち昇る温かな湯気・・・。
窓の外から家の中の様子を伺う。
(だれもいない?)
きょろきょろとあたりをみて改めて誰もいないことを確認して
そっと窓を開けてみる。
暖かい空気が頬をなでた。
すぐさま、目の前の食卓に駆け寄り、その上においてあった温かいスープの皿を
掴み口付けて中身を一気に胃の腑に流し込む。
さらに、その横にあったパンかごの中身も鷲掴みにしてかぶりついた。

あ、ああ・・・このときのパンとスープは今までで一番美味かった。
もっとおかわりは無いかと思ったほど・・・だったのだが、

気がつくと
痛いほど刺さる視線がおいらに向けられていて

「きゃああああぁああ!!!」

絹を裂くような黄色い声が部屋中に響き渡った。

人がいないことを確認したつもりだったけど
死角に人がいたんだ。ま、もっともなところ、こんな焼きたてのパンと湯気の立つスープを
ほうりだしておくような人はいないんだけれども。
ほんと、御伽噺でもなきゃ、自然発生なんかしないよ。

「ご、ごめん。お、おいら・・・」
「あ・・・」

おびえる少女を目の前においらどうしていいかわかんなくなって
そのまま一目散に入った窓から逃げ出した。

―――その背後から浴びせられた言葉が

「泥棒っ!!!」

だったんだ。
そんなおいらの手の中には

・・・無意識に一握りのパンが握られていた・・・。

 

***

 

それから、『生きるためには盗るのが一番だ』と感じるようになった。
働かざるもの食うべからず?そうだよ、それが正論だ。
だけど、おいらあの時分は幼過ぎて働く場所なんかなかった。
少し前まではぬくもりのあるいい記憶があるんだけれど、今は思い出したくないんだ。
そうして。
毎日を同じようにその日暮らせるだけのパンを盗みその日を生きてきた。

これをやり始めて、ふと気がついたことがあった。
はじめは見つかって追いかけられてとっつかまって殴られて痛い目をみたことが多かった。
だけどもそのうちに、足音を立てずに歩くことができるようになった。
物音を立てずに引き戸を開けることができるようになった。
少しの気配も察知されず目的のパンを手の内にできるようになった。

それだけじゃない。

鍵のかかった扉でさえ細い針金をつかって錠を外せるようになった。

人から盗むものもどんどんエスカレートしていって
とりあえず、食うものには困らないほどの生活ができるようになったよ。
だけど、ここまで来るまでに何度かは心がいたまなかったわけじゃない。
自分の欲を満たすためにかわりに涙を流した同じぐらいの子供もみた。
些細なことだよ、ほんとに。
盗るときに子供が大切にしてた木の玩具(おもちゃ)を踏み潰してしまって・・・
そんなことを気にしてて泥棒ができるかよってそんときゃ、気にしてなかったんだけど
今まで忘れてなくてずっと残ってて、今なら同じように作って返すことができるのにって。
これだけじゃない。ほかにももっとあったんだ。

だから、もうやめてしまおうかと。

しかし

・・・そのときはそれはできなかった。

 

修復されて隙間風も入らなくなったおいらの家にかつてのおいらと同じような
餓鬼(ガキ)が入ってきた。
その子はきょろきょろと辺りを見回して、人がいないことを確認したあとで
机の上にあったりんごを2つ懐に入れて一目散に去っていった。
実はおいら、柱の陰で一部始終をじっとみてた。

細い肢体につやの無い髪。

おいらにとって、今盗られたものの痛みなんて小さいものだった。

だから、

だから、、、

おいらみたいなガキが増えてほしくなかったから

おいらは

盗賊(シーフ)になったんだ。と言い聞かせた。

技を身に付けてからは金持ちからしか盗らず、そのお金をおいらの昔みたいなガキたちに
あげたいとおもい実際にそうしてきた。同じような道をたどってほしくないという
おせっかいな気持ちが働いてしまったといいように解釈して。

どんな理由があれ、盗みがいけないことだということは頭ではわかってる。
だけど、何が正しいか良くわからなくなってしまった。
怖いことだと思ってる。
でも、もう今度こそ盗みはやめたいと思ってる。
やめろと言われたからではなく、なんとなく思ってるだけだけど。
これから先のことを真面目に考えると、これじゃいけないって。
こ、こんなおいらでも

許しを得ることができますか??

―――

一通りの告白、懺悔のあと

それを聞いた聖女はいった。

「終わってしまったことは仕方ありません。

ですが、今現在、盗んでしまったものが手元にあるでしょう。

それを返したときに、許しを得るでしょう。」

「・・・え・・・おいら・・・」

懺悔した少年は告白の前よりもさらに悩みながら懺悔室を出て行った・・・。

 

―――そのわずかなのち・・・

小走りで修道女に近づくそれに良く似た風貌の女性。
彼女は修道女を見つけるや否やまくし立てるように言い放った。
「ちょっと、エーディン、デューに何を言ったんだい。」
あまりに唐突過ぎて一瞬面食らった聖女 エーディンだったがすぐに
「わたくしは、彼の懺悔を聞いただけですわ。」
と答えた。
「・・・本当かい。あの悩み方は尋常じゃないよ。」
「あら、そんなに心配ですの?ならば、今姉さまが彼のおそばに行き
彼の悩みを聞いて差し上げてくださいませ。」
くすり、と小さく笑った妹を姉は見逃さなかった。
「・・・なんだいその笑みは。」
「・・・いいえなんでもありませんわ」
「彼に意地の悪いことをいったんじゃないかい?」
「まぁ、人聞きのお悪いこと。」
「・・・それならいいけど。」

くるりと踵を返して小さくなる姉の後姿を
エーディンはじっと見ていた・・・。

やがて、その姿が見えなくなったころ、

ポツリ

とつぶやいた。

 

「・・・盗みが罪だというならば人はみな、罪人(つみびと)でしてよ。
もちろん、わたくしも然り。そんなつもりはなくとも盗んでしまいましたもの。
ああ、全能なるブラギの神よ、どうか御赦しくださいまし・・・。」

彼女はその場で膝を折り、深く、深く神に祈りを捧げた・・・。

 

END