R計画第9弾  「つ」
作成者:小田原 峻祐


つる日々草


 ……また、来てしまった。

 まったく、似合わないこと甚だしい。

 

「久しぶり」

「久しぶりだな、本当に」

 

 本当は久しぶりなんだろうか。

 いや、僕の感覚がおかしくなっているのか、久しぶりの感じがしない。

 でも、手帳には三ヶ月ぶりだという事が記されていた。

 

「しばらく見ない間に、また、少し背が伸びた?」

「さすがにもう伸びないよ」

「そう? 私が縮んじゃった?」

「さぁ、どうだろね」

 

 何で、こうも素っ気無い会話しか出来ないんだろう。

 本当はもっと、自分から話したいことも沢山あるのに。

 

「ねぇ、久しぶりの故郷はどう?」

「相変わらず。若者向けの喫茶店がここにしかないことも」

「そうだよね。都会じゃ、もっといっぱいあるんでしょ?」

「ないこともない。入らないだけで」

「龍司、そういうとこ嫌いだもんね」

 

 嫌いなわけじゃない。

 ただ、一人で入るのは気恥ずかしいけど。

 

「何か変わったことはあった?」

 

 今日初めて、僕から尋ねた。

 なのに、何て儀礼的な言葉なんだろう。

 

「また数人、消えちゃった」

「誰が?」

「伊久美に、ツゲちゃん、それから松本君も」

「松本も? アイツ、こっちで働くとか言ってたのに」

「本社の方に転勤になったんだって。伊久美は旦那について行って、ツゲちゃんは向こうで就職探すって」

「そっか。みんな、出てくんだよな」

 

 そう言う僕も、この故郷には住んでいない。

 通うには少しばかり遠すぎるから。

 

「みんな、正月には帰って来るんだけどね。でもなんか、寂しいよ」

「俺でも、帰って来てるほうだもんな」

「うん。龍司は逆に帰って来すぎかも。こっちに居るって感覚あるもん」

 

 実際、車をとばせば二時間程度。

 毎日四時間を削られることは社会人にとっては痛い話だ。

 結局は、仕事場から数分の所に引っ越している。

 

「都会まで車で二時間は、どうなんだろうね」

「さぁ。少なくとも俺は、下宿してる感じになってるけど」

「やっぱり、四時間はしんどいか」

「四時間眠れるなら、眠れる方を選ぶな」

「そうだね。電車の本数も少ないし、急行停まらないし」

 

 それでも、僕はこの街に残れると言えば残れた。

 企業勤めじゃないから、朝はラッシュに巻き込まれる程でもない。

 

「あーぁ、私も出たくなっちゃったな」

 

 伊久美と言うのは、彼女の幼馴染み。

 ついでに言うと、僕とも幼稚園から同じ学校に通っていた。

 大学でバラバラになってしまったけれど、その頃はまだ三人ともこの街にいた。

 

「出るのか?」

「出たいって言っただけ。出られるはずないでしょ」

「そっか……ゴメン」

「いいって」

 

 彼女の家の事情は知っている。

 彼女の父親は具合がよくないらしく、彼女はとても家を出られる状態じゃなかった。

 

「それにしてもさ、やっぱり、龍司って謝る時に素が出るよね」

「へ?」

「謝るときだけ丁寧な感じ。日頃、世間に合わせてるって感じかな」

「何だよ、それ」

「あ、また、元に戻る」

「チェックするなよ」

「ふふっ」

 

 よく笑う。

 辛い時が沢山あるはずなのに、彼女は本当によく笑う。

 

「……本当に出たければ、相談に乗るけど」

「……遠慮しとく。さすがに、父さんと母さん残してはいけないもの」

 

 この話題を振れば、話はお開きになる。

 決して触れてはいけないタブーだから。

 それを知ってて、二人ともがこの話題になるように会話をしている。

 

「……すみません、タルトもう一つ」

「かしこまりました」

「珍しい。んじゃ、私もこのケーキもう一つ。それから、コーヒーおかわりね」

「かしこまりました」

 

 何かのきっかけ。

 今日は片方だけがこの場に残ることではなかったらしい。

 

「タルトもう一つなんて、どうかした? ひょっとして、彼女でも出来た?」

「どう結びつくんだ?」

「彼女の手料理で、慣れたとか」

「甘い物好きな酒飲みだよ、僕は」

「んじゃ、ボーナスでも入った?」

「ま、若干ね。今年は受験生まずまずの結果だったからね」

「それはそれは。おめでとうございます」

 

 実際には、今年はスランプだった。

 どうも悩み続けていたのだ、僕が。

 慣れ過ぎたのか、それとも、向上心が空回りしたのか。

 いや、傲慢になってしまったのだろうか。

 

「……難しい顔、しない方がいいよ。ただでさえマイペースに見えるんだし」

「……考え込んでたか?」

「ちょっとね。自分に出来ること以上の事をしようとしてる顔。スランプの時の龍司の顔よ」

「目付きが違う?」

「頬が違う。硬いし、作ってる表情。昔からの仲間なら、すぐに判るよ」

 

 昔からの仲間。

 地元にずっといたから、人付き合いの下手な僕にも数人はいるんだろう。

 

「いい時は、もっと苦笑してる。龍司って、マゾかと思ったもの」

「酷い言われ様だな」

「自分に仕事があることが嬉しい。誰かの為に働けることが嬉しい。そういう奴でしょ」

「そうありたいとずっと思ってたな」

「今だってそうだよ。教師にはなれなかったかも知れないけど、何かを教えられる立場にいるじゃない」

「……だと思ってる」

「なら、自信、持ちなよ」

 

 沈黙なんて要らないのに、沈黙してる僕がいた。

 言葉なんて、セリフなんていくらでも湧いて出て来る。

 ただ、それを口にするには大きな勇気がいる。

 

「龍司、殻は自分で破らないと、先には進めないんだよ」

「……わかってる。でも、思うんだ。何でこんなセリフしか浮かばないのかって」

「結局、自分の中で原稿作るからでしょ。生徒会立候補の時のスピーチとか、原案とまったく違ったし」

「あれは完全に即興。よく話せたもんだよ」

「今になって思えば、少し龍司の本音が出てた感じ。最初はバカかと思ったもん」

「バカはないだろう」

 

 まったく、何で三流小説のセリフばかりが頭に浮かぶのか。

 僕の頭の中は、自分で嘲笑できるセリフばかりだ。

 

「……本当、私なんかより、ずっといいよ」

「どうしたんだ?」

「嘘ついて笑ってるより、嘘ついてることがバレるほうが、よっぽどいいよ」

「どうした?」

「辛いよ……どうしたってさ。本当は多分、逃げたいんだと思う。でも、逃げられないように、今、龍司に会ってる」

 

 セリフが浮かぶ。

 そして、それを頭の隅に記憶して、僕は彼女を見る。

 いつも、視線を合わせずに会話していたんだ。

 

「卑怯かもね。龍司に会えば、この街に残る理由が強くなる。都会に住まなくても平気だって」

「それで?」

「だから、私は家に残るべきなんだって。龍司がこんなに頻繁に帰って来るんだから、都会なんてって」

「伊久美のせいだな」

「かも知れない。伊久美も結婚してこの街を出て行った。私は、ずっとここで一人なのかなって」

 

 僕は相談役。

 それが、ずっと昔からの僕の狙っていたポジション。

 

「三文小説じゃ、そのうち父親を殺したくなるキャラだな」

「龍司、言っていいことと悪いことが」

「知るか。それで、逃げの結婚でもするのか? 街の外の人間の所に行って、懺悔でもするのか?」

「龍司ッ」

「今の自分に自信持てよ。両親守って、公務員やっていけてるんだ。思ってる以上に、誰かは見てる」

 

 あ、今、何か切れてた。

 久しぶりの感覚だ。

 

「……そう言うだろうな、俺が君で、君が俺なら」

「一言余計よ」

「そういうキャラだし」

「いい奴だわ、龍司。会ってよかった」

「そう?」

「そうよ。飲みに行こうか、二人で」

「別に構わないけどな。他には?」

「誰も残ってないって。ほら、車、置きに行こ。朝まで飲むわよ!」

「そうしますか」

 

 僕と彼女は幼馴染み。

 最後まで故郷に残ってしまった仲間二人。

 せめて今宵は、つる日々草の花言葉のように、楽しい思い出を朋友と。

 

<了>