「名演」


 

 

時計の針が、まもなく10時をさそうとしていた。

 

「皆さんこんばんは、宮元朝理です・・・。」

テレビ画面から流れてきた映像に、一瞬わが目を疑った。

(・・・あっ)

俺の視線は、反射的にテレビ画面に釘付けになった。

(間違いないよなぁ、だがそんな馬鹿な)

「それでは○月○日、今日のトピックスです。・・・」

俄かに何処かで聞いたことのある声が、尚も、喋り続けている。

某局の目玉番組。それはあまりに、非現実的な光景だった。

 

「間違いない」

宮元朝理。高校の同級生だった。写真があったので引っ張り出して

きて確認した。

今ブラウン管に映し出されているキャスターと、写真の左端にいる

生徒とが同一人物であることは、間違いない。

だが再びテレビに視線をやるも、写真の中の面影とはあまりにも

かけ離れている。

「あか抜けしたな」

ついそんな言葉が、口をついて出た。

 

ブラウン管の中の朝理は、派手な原色の服を着ていた。その服には

小型マイクが付けられている。

彼女はマスコミ関係者以外の何者でもなかった。

CMの後は、今日のスポーツです。・・・」

画面が切り替わると、思わず電源を切った。

 

他の奴は知っていたのだろうか。

(それにしても、なんであいつが・・・ニュースキャスターとは)

もう半年ほど、僕はテレビを見ていなかった。電気代を滞納した挙句

送電を止められていたのだ。

(世の中の出来事と言ったら、駅のホームのゴミ箱から拾った新聞か

ら情報を得ていたもんなぁ。その間、朝理はアナウンサーになってい

たということか。)

 

暗く狭い部屋の中で、考えた。

それにしても、あんなに人は変われるものなのか。思い返せば、無表

情な子だった。大して目立ちもしなかったし、男子の人気も無かった。

それがどうだ。カメラのレンズの奥では、日本国民総勢が肯定的に、

あるいは批判的に、好意をもってあるいは嫌悪感を抱きながら退屈そ

うに見ているというのに、全く動揺する様子も無く終始一貫笑顔を絶

やさない。

極めて欺瞞的な職業だと言わざるを得ないが、それなりに度胸のいる

職業だろう。誰にでも出来ることではない。

 

考えるうち、ますます本当に宮元朝理は無表情だったことが思い出さ

れてきた。

(なるほど。これも、テレビの世界が現実ではないことの一つかも知

れない。テレビの中のドラマや漫画が現実の世界ではないように、テ

レビの中の出演者もまた、実世界の本人達ではないのだ。そう簡単に

人間が変われるものか。彼らは皆、大衆向けする役を演じている。)

事実、ごく一部の人間が知る宮元朝理は少なくとも3年の間、笑いも

泣きも怒りも表情にしなかったのだから。

 

弱き者、汝の名は女なり。

(とんでもない)

よく分からんがそう思った。