R計画第5弾  「む」
作成者:小田原 峻祐(先着……半分御指名ってことで)


無風


 

 俺の背中から離れ、一度だけ笑顔で手を振り、玄関の中に消える彼女を見送った。

 

 俺はバイクに跨った。

 風を受けたい気分だった。

 時にふと、そんな気持ちになることがある。

 

 不甲斐ない自分。

 どこか自分ではない自分。

 何かを置き忘れてきた自分。

 

 言い様のない不安を振り払う為に、俺はひたすらバイクを走らせた。

 

 海岸線にへばりつくカーブで振られるたびに、体の中から不必要な何かが抜けていくようで。

 前を見据える瞳から、何か大きなものを取り戻しているようで。

 ミッションを動かす手の機械的な動きが、俺の迷いを吹っ切らせる。

 命を失うギリギリまで高めたエンジンの鼓動が、俺を酔わせているようで。

 

 何も感じなくなった時、ようやく俺はバイクのエンジンを休ませた。

 何もかもが抜けきった体で、俺は地面に横たわり星空を見上げた。

 

 吸い込まれていきそうな、広い空。

 これだけは、どこにいても変わらなかった。

 

「……なぁ、親父、俺は何を求めているんだ?」

 

 答える親父はどこにもいない。

 親父がいない時だけ、親父に問い掛けるこの言葉。

 

「……どれも違うんだ」

 

 全て抜けきった体の中には、もはや答えなんてない。

 どうやら、どこかにあった間違った答案ですら、俺は振り落としてきたらしい。

 

「本当に、何を求めているんだろうか……なぁ、リョウ」

 

 自分に問い掛けたって、解答なんてないのはわかってる。

 ただ、問いかけずにはいられない。

 

 解答を放棄できる程、柔軟なヤツじゃない。

 間違った答案で納得できる程、自信があるヤツでもない。

 

「何やってんだかな」

 

 メットをかぶり、もう一度バイクに跨る。

 今度は帰る為に。

 たった一つ……しかない、俺の家に。

 

「まだまだ修行が足りないみたいだぜ、リョウ」

 

 きっと、赤いテールランプだけが、俺の背中を追いかけているのだろう。

 

<了>