R計画第1弾 「り」
作成者:小田原 峻祐(先着……寂しかったので)
りんどう
りんどう 〜〜 悲しむ貴方が好き
正義
花言葉辞典より
1
「いらっしゃいませ。何をおつつみ致しますか?」
「そこの竜胆を頼む」
「はい。おいくらぐらい?」
「2本」
「はい」
水を弾いているりんどうを包んで、私はその男性に聞いた。
「周り、埋めましょうか?」
「いらん。その花だけでいいんだ」
「わかりました」
花束にしてはみすぼらしすぎるけど、りんどう自体がかなり存在感のある花だから、ま、いいか。
花束を渡して、代金を受け取る。
「あの、プレゼントですか?」
少し暇だったのと、男性があまりにも花に似合わない姿なので、私は好奇心で尋ねた。
すると男性は、少し困った表情を見せ、小指で頬を掻いた。
「プレゼントと言うものではないが、他人に与えるものだ」
「お墓ですか?」
「……依頼人だな。オレにとって、この花は承諾の証なんだ」
そう言って、男性は花の先を見つめた。
無精髭を生やしていて、どうにも年齢不詳なこの男性が若いと判ったのは、この時だ。
「お仕事、何をなさっていらっしゃるんですか?」
「それは好奇心か? それとも花の心配か?」
変な事を聞く人だと思った。
売った花の心配をしている花屋の店員なんて、今時何処を探したっていないだろう。
私が返事に困っていると、男性は肩を竦めて歩き出した。
男性の声だけが、私の方を向いていた。
「次来るまでに、花言葉の勉強しとけ」
……変なお客さんだな。
2
変なお客が来て二ヶ月後、あの男性の記憶が再び蘇った。
あの男性がお客としてやって来たのだ。
「りんどうを3本」
「はい」
前回のことを考えて、りんどうだけをつつむ。
「お待たせしました」
「……覚えていたみたいだな」
私がりんどうだけをつつんだのを見て、男性の口許が笑った。
今日の男性は無精髭も無く、これで彼が正真正銘若いことが判明した。
「こんな花屋、あんまり来る人いませんから」
「変な客だったからじゃなくてか?」
「それもありますけど」
正直に言ったほうが楽しそうだったから、正直に言う。
「男性が一人でそんな花の買い方したら、嫌でも残ります」
「なるほど。それもそうだな」
レジを打っている間の少しの沈黙で、私は聞いてみたかったことをまとめた。
「……あの、花言葉、調べてみたんです」
男性が、瞳だけで問い返してきた。
「りんどうの花言葉は、”正義”ですよね。依頼人って言っておられましたから、貴方、探偵さん?」
理路整然とした推理に、彼は少し笑った。
りんどうを抱いて、再び私に背中を向けて歩き出す。
「正義で生きる探偵なんて、ドラマの見過ぎだよ、お嬢ちゃん」
3
今はハウス栽培などで、いつも同じ花を入荷することが可能だ。
いつのまにか、りんどうは無理をして入荷するようになっていた。
そして今日も、また、彼が買いに来た。
「りんどう1本と、ワックスフラワー」
「はい。別々に?」
「そうしてくれ」
少し時間をもらって、別々の花束に仕上げる。
あまり見栄えのしない二つの花束を受け取って、男性は前回同様、お釣りのいるお金をだしてきた。
「……今日はりんどうだけじゃないんですね」
「この店の売上に貢献したくなったのかもな」
「りんどうをいつも置いてるからですか?」
お釣りをポケットにねじ込んだ男性は、また、口許で笑った。
「不勉強だな、お嬢ちゃん」
「え?」
「花言葉の知識量が少ないって言ってるんだ。花屋なんだから、知ってないと恥かくぜ」
そう言えば、ワックスフラワーの花言葉なんて、聞いたこともなかった。
また背を向けて歩き出した男性に、私は初めて追いすがった。
「教えて下さい。恥をかかせないと思って」
「……”きまぐれ”だよ、お嬢ちゃん」
「きまぐれ?」
「そうさ。オレに相応しい花だと思わないか? きまぐれで人を追い詰めて、きまぐれに花を買う」
「さぁ……わかりませんけど、貴方は優しい人です」
だって、花の薫りがしたから。
旬の花の薫りがしたから。
決して香水なんかじゃない、自然な薫り。
4
ある日、私は花屋のシャッターが開いているのを見た。
その日の私は花屋の店員ではなく、少し背伸びした高校生だった。
「……借金、これで返せるのか?」
「孝矢、お前と言う奴はッ」
「あぁ、わかってるよ。オレはもう、ここには戻る権利なんてない。でも、せめてお客としてだけは許してくれよ」
「……とにかく、この金は受け取れないよ」
「そんなッ。待ってくれよッ」
私の目に映ったのは、あの男性と、この花屋のオーナーだった。
「いらっしゃいませ」
声をかけたら、彼はビックリしたみたいだった。
「や、やぁ」
「何をお求めですか?」
彼を突き殺すようなオーナーの視線を感じながら、私は平然を装いつつ尋ねた。
彼は少し肩を竦めて笑って見せると、飾ってある花を一掴みつかみ上げた。
「この忘れな草を」
「誰かへのプレゼントですか?」
「あげる人は、受け取ってくれなさそうだ」
男性はそう言うと、寂しげな瞳でオーナーを見ていた。
私が花をつつんでいる間、奇妙な空気だけがその場に漂っていた。
花束を渡して、彼はいつものように歩き出した。
その背中をつかんで、私は一本の花を差し出す。
「……りんどう?」
「”悲しむ貴方が好き”……でしょ?」
彼は微笑んで、りんどうを受け取ってくれた。
そして、その手の花束を私に押し付けた。
「忘れな草……”私を忘れないで”」
「”真実の愛”」
即座にもう一つの花言葉を口にした私を、彼は驚いた表情で見つめていた。
軽く背伸びをして、彼の頬に口付ける。
「また、会えるよね?」
「ネリネの咲く頃に会いましょう」
そう言うと、彼は振り返りもせずに歩き出していた。
ネリネの花言葉。
”また会う日を楽しみに”
その為の”忍耐”は、私の心の中で蕾を開いていた。
<了>