七夕用特別緊急企画

ハムスターのように


 小さな機動音をさせ、コックピットを覆うディスプレイに光が灯る。

 デフォルトらしい連邦軍の紋章が表示され、次々にOSが展開されていく。

 OSが一つ一つ起動していくたびに、ディスプレイに”OK”の文字が増えていく。

「……起動確認」

 OSが全て展開し、機体がスティックに反応する。

 長い間出撃していなかった機体らしいが、整備だけはしっかりとなされていたようだ。

「兵装コマンドオープン」

 俺の言葉に反応して、ディスプレイの右隅に機体の兵装が表示される。

 

 人型汎用兵器、PS(パーソナル・スケイル)。

 かつてはロボットととも呼ばれていたが、電子頭脳ではないところから、呼び名は変わった。

 戦闘機のような機動性はないが、火力と汎用性は桁違いだ。

 数世紀も前から、人類の戦場を席巻しているのは間違いなくこの兵器だった。

 

 ディスプレイを見た限りでは、旧式のPSにおける標準の装備が一通りあるようだ。

 ほんの数回だけ倒してみたスティックの感度からみると、作動不良である装備もないだろう。

「兵装確認。出撃準備完了……少尉、ハッチを開けてくれ」

 通信機のスイッチを入れ、基地の司令室にいる部下にそう告げる。

『通信感度良好。ハッチ、開けます』

 部下の声が聞こえてきて、すぐにハッチが鈍い音をさせて開きだす。

 ディスプレイの光度調整も、上手くいっているようだ。

『亮、気をつけて』

 指令室にいる部下の沙苗が、俺を名前で呼んだ。

 本当なら、あと一週間は二人きりで過ごせたものを。

 様々な感情が入り混じるのを抑えて、俺はPSを基地から発進させた。

「保條少尉、近隣の基地へ援助要請。残っている機体で、当基地を死守せよ」

『了解……頑張って!』

 所詮、戦場に立つ者に休息などないのか。

 それが今まで他人を殺して生き抜いてきたことに対する罪と言うのなら、俺は逃れられない。

 いくつもの戦場に立ち、何とか生き抜いてきた。

 それが罪と言うのなら、俺は甘んじて受け入れよう。

 その代わり、これからも生き抜かせてもらうだけだ。

「……と、随分と速いな」

 起動させた時にはわからなかったのだが、この機体は予想以上にしっかりと整備されていたらしい。

 俺が予想していた反応速度よりも、かなり速く動けている。

 あっという間に、電波妨害を受けている領域まで到達した。

「これより、電波妨害の領域内へ突入する」

『レーダーで捕捉できています』

 打てば響く、部下の声。

 いや、沙苗だからこその反応か。

「空港までの距離は3000に間違いないな?」

『基地内のデータでは、3200だけど』

「200も違うのか。電波妨害のせいか?」

『不明。こちらの地図だと、距離3200』

 距離が200も誤差があると言うのは、かなり苦しい状況だ。

 200長いのか、200短いのか。

 短いのであれば大歓迎だが、長ければ空港にいる人質が危険にさらされることになる。

「……了解した。領域内にいる筈の、正規兵の位置は判るか?」

『微弱な反応が一機。方角、12時』

「了解。近隣基地への連絡はどうか?」

『回答待ちです。ですが、最近接基地からの救援は、早くて三時間後です』

 三時間後では遅過ぎる。

 結局、現有戦力でテロリストに占拠された空港を奪還するしかないようだ。

「保條少尉、空港の奪還を優先する。基地内のPSで出撃」

『了解。基地内の通信機器はオート制御に移行します』

 その直後、通信機からは機械音声の無機質な声が流れ出した。

 俺がこの地点へ到達するまで五分。起動を含めても、十分後には到着するだろう。

 だが、空港が占拠されてからおよそ二時間。

 そろそろテロリスト達も次の行動を起こす筈だ。

 時間は皆無に等しい。

 念の為に開いてある公共電波のチャンネルは、未だもって空港占拠のことには触れていない。

 電波妨害によって、空港は完全に封鎖されているのだ。

 俺たちのように事態を知って空港を逃げ出した人間しか、占拠されていることを知らないのだろう。

『……亮、機体を視認たわ』

「速いな」

『下半身が高機動型タイプのものがあったの』

「倉庫の奥にでも眠ってたか」

 どうやら、基地内で高機動型タイプのPSを見付けたらしい。

 だが、これで事態は初めて好転する要素がこちら側に増えた。

『基地内で微弱ながら反応していた機体の位置を、データにしてきたわ。合流します?』

「そうしよう。先導を頼む」

『了解』

 俺の横を抜けて、沙苗の乗っているPSが12時方向へ走っていく。

 念のためにショットガンを構えたまま、俺は彼女の後を追った。

『……ようや……軍かよ』

「あの基地の者か?」

『……前だ。とこ……そちらさんは?』

 微妙にジャミングが入るが、何とか会話は可能らしい。

 しかし、視認出来る距離でジャミングが入るなんて、どれほど強い妨害方法なんだ。

 信用ならないレーダーで周囲に敵機が存在しないことを確認して、俺はPSのコックピットを開いた。

「き・こ・え・る・か?」

 一言一言、区切るようにして大きく口を動かす。

 PSのモニター越しに、俺の意図は伝わったらしい。

 通信兵用の装備をしているPSのコックピットが開いて、バンダナを巻いた若い男が姿を現した。

「援軍はたった二機かよ!」

「援軍は来ない。俺たち二機とも、貴官の部隊のPSを借りている」

「マジかよッ。じゃあ、こっちの通信を受け取ったのって、アンタたちか!」

 男に言われて記憶を辿ってみるが、通信を受けた覚えはなかった。

「……基地で受け取った通信はない。ここは既に電波妨害の領域内だ」

「やっぱり電波妨害かよ」

 距離が離れているので聞こえはしなかったが、男が舌打ちをした様子がはっきりとわかった。

 部隊の通信担当兵らしいが、会話をしていて部隊長が姿を現さないのは、どういうことなのだろう。

「そちらの所属と階級を聞きたい」

「あぁ? オレはプリベント基地守備隊、マックス=ウェーザー軍曹だよッ」

「部隊長はどこだ?」

「隊長さんなら、夫婦で空港ん中に閉じ込められてんだ」

 出撃したわりに、こんな所で留まっている理由はそれか。

「副隊長は?」

「だから、空港ん中だよッ。ウチの部隊の隊長と副長は夫婦なんだ」

 指揮を執れる人間がいないと言うことか。

 しかし、空港の中にいるのなら、更に事態が好転する要素が増えたことになる。

「俺は山アだ。これより、貴隊の指揮を執らせてもらう」

「あぁ? アンタ、何者だ?」

 ウェーザーがそう尋ね返してきたとき、沙苗がコックピットを開いて言葉を挟んできた。

「亮、電波妨害が解除されました!」

「何故だ?」

 沙苗の言葉に、ウェーザーがコックピットに頭を突っ込んだ。

 俺もコックピットに戻ろうとしたとき、PSの外部スピーカーを通して音声が流れてきた。

 

 電波妨害を解いた理由は、犯行声明を流す為だったらしい。

 犯人側の犯行声明が終わると同時に、通信機には再び雑音が混じり始めた。

「……単なるテロかと思ってたけど」

「宇宙からの先遣隊と言うところかよ。この空港に下りてくるんじゃないのか?」

「ここだけとは考えにくい。おそらく、いくつもの空港で同じことが起きている筈だ」

 ここに集まっているPSは五機。

 残りの三機に乗っていた者たちも、コックピットから姿を現した。

「……マックス、一旦出直そう。いくら空港を奪還したとしても、その次までは相手に出来ないぞ」

 ウェーザーよりも年配らしい男が、そう言った。

 正規のパイロット服でないところをみると、彼はPSのパイロットではないらしい。

「バカ言うな。コープルなしに戦えるかよ。どっちにしろ、空港は奪還しなきゃなんねぇだろ」

「じゃが、この戦力でやれるかの。電子機器は全く役に立たんぞ」

 最後の一人はかなり年配のようだ。

 そして、やはりパイロット服ではない。

「……アンタ、何か策はないのかよ」

 ウェーザーの言葉に、三人の視線が俺へと向けられた。

 沙苗はコックピットで何か作業をしているようだ。

「まず、名前と専門分野を聞かせてくれ。俺は山ア亮。俺もそっちの保條も、PSパイロットだ」

 俺の言葉で、ウェーザーから順番に自己紹介が始まった。

「マックス=ウェーザー、PSパイロットで、主に電子戦担当だ」

「アズベル=バーヤックだ。部隊の整備を担当している」

「コニャックじゃよ。戦艦、輸送艦……デカイ艦なら、何でも操舵出来るがな」

 正規のPSパイロットは三名。そのうち前線で戦えそうなのは、俺たち二人だけか。

 これだけの人数で電波妨害で状況のつかめない基地を落とすと言うのは、かなり骨が折れる作戦だ。

「……亮、機体を交代しましょう。一気にかからないと」

「そうだな。そちらの兵装は?」

 俺が三人の方へ視線をやると、整備を担当していると言っていたバーヤックが口を開いた。

 三人の中では一番実直そうな男だが、その口調もしっかりしたものだ。

「我が隊のPSは、現在の旧二式のデフォルト装備です」

「オプションは?」

「隊の全てのPSは、無線なら、どの周波数にも対応できます」

「無線端末はウチの部隊の全員が持っとる。コープルも端末で緊急を報せてきたんじゃよ」

「現在使用している周波数は?」

「短縮K番だ。OS-8で設定できるぜ。この周波数は電波妨害を受けてない」

 ウェーザーの指示通りにOSを使用すると、確かに音声はクリアだ。

 盗聴されている危険性を踏まえ、俺は一度戻ったコックピットから身を乗り出した。

「盗聴の可能性は?」

「五分ってとこだよ。だから、隊長さんにもあまり使わないように指示してある」

 しかし、無限にある周波数を拾うことは、相手にしても難しいことの筈だ。

 勝負をかけるにはこれしかないだろう。

「……後方支援用の兵装は?」

「ロケットランチェーが四対あります。長距離迫撃砲が二本です」

「ウェーザー軍曹と俺と保條少尉で突撃する。二人は後方支援を頼む。回線は常時オープンだ」

「おい、だから盗聴されてる可能性があるって……」

 反論してくるウェーザーを手で制し、俺はPSから下りた。

 先に下りていた沙苗と軽くタッチをして、高機動型のPSに乗り換える。

「ここで見ているよりもマシだ。中央は俺、左に保條。ウェーザー軍曹は右を頼む」

「……了解ッ」

 反論しても無駄だと悟ったのか、ウェーザーがコックピットへと戻っていく。

 沙苗とウェーザーの準備が終わったことを確認して、PSを発進させる。

『……亮、やっぱり私たちってこういう運命なのかな』

 通信機越しに、沙苗の半分諦めの入った声が聞こえてくる。

 ウェーザーにも聞こえている筈だが、俺はこらえ切れずに苦笑していた。

「そういうことだろうな。今まで奪った命の業か……それとも」

『戦場に立たずにいられない性格かしら?』

 そのものズバリだ。

 何もせずに見ていることなど、到底できそうにはない。

 戦う力を持っているのだから。

「距離1200。そろそろいくぞ!」

『了解。景気付けに、まず一発!』

 動きながら、迫撃砲を撃つ。

 記憶の中にある滑走路を目掛けて放った一撃が、黒煙を上げる。

「ウェーザー軍曹、部隊長へ連絡。敵機の数と場所の報告するように言ってくれ」

『敵機は五機だ。配置はわかってないってよ』

「了解した。敵PSの破壊を第一目標とする。内部制圧はその後でいい」

『了解ッ』

「沙苗、飛び込む。援護を!」

『はい!』

 空港のフェンスを一息に飛び越え、瞬時に敵機の位置を確認する。

 俺を狙っていた一機は、沙苗の銃弾で動きを抑えられた。

 引き金を引き、銃の反動を利用して、一気に機体を回転させる。

「まず一機」

 黒煙を上げた機体を無視して、囮になるように空港の中央へ進出する。

 更に一機がこちらへ意識を飛ばし、沙苗がそこを仕留めた。

『一機撃墜』

「建物を楯にとられるな。ウェーザー、急げ!」

『そう上手くいくかよッ』

 技量は劣っているだろうが、土地鑑は彼の方が上だ。

 今はそれに期待するしかない。

『ガソリン代弁償は、絶対軍持ちだからなッ』

 ウェーザーの声がして、大きな爆発音が起きる。

 燃料庫を誘爆させたようだ。しばらくして、ウェーザーの声が再び入ってくる。

『一機撃墜!』

『今、燃料庫が爆発した。これより管制室を奪還する。援護を頼む』

 聞き覚えのない声がして、ウェーザーの声に歓喜が混じる。

『コープル、無事か!』

『燃料庫に連中は数多く配置されていたんだ。いい仕事だった、マックス』

『よし、ツイてる!』

『アズ、爺、残る敵機は6時方向にいる。足を止められるね?』

『やってみよう』

 敵の配備は、中に二機、警戒に三機だったようだ。

 強襲作戦だったのだから、PSは少なめだったのだろう。

 突如警戒音がして、俺はスティックを前に倒した。

「甘い」

 こちらに発砲してきたPSの背後にまわり、コックピットを撃ち抜く。

 これで残るは一機だ。

「沙苗、もう一機を抑えてきてくれ」

『了解。亮は?』

「管制室の奪還の援護に向かう。管制室の特徴は?」

『アンテナの立ってる建物の奥にある建物の最上階だ』

「了解した。地上兵の威圧は任せる」

『あいよッ』

 ……電波妨害の威力に頼りきっていたのか。

 案外呆気ないものだ。

「また、戦争が始まるな」

 彼らの目的は、宇宙コロニーの独立と地球連邦からの脱退。

 どちらも地球連邦は許さないだろう。

 裏では、火星連邦が糸を引いているのかも知れない。

 人類は統一、発展、分裂を繰り返していく。

 そして、その度に戦うのだ。

 自分の正義を掲げ、相手の正義を否定する為に。

 そして、戦争の為に培われた技術が新たな発展の礎となる。

「今の時代に生きていることは、逆に幸せなのかもしれないな」

 戦えるのだから。

 新たな時代を夢見ることができるのだから。

 自分の命を賭けた、苦しみと隣り合わせの生活。

 ほんの少しの幸せを、大きく感じられる生活。

 その中心に、俺はいる。

 

<了>