タルタルソース
同僚の結婚式に招待されたはいいものの、それほど仲が良かったわけじゃない。
義理程度に誘われた二次会へ、私は厭味の気持ちも込めて参加した。
案の定、カウンターの花と化した私は、適当に会場内を眺めていた。「高木さん、具合でも悪いの」
「いいえ。ちょっと、入り辛くて」
「そう。私たちのテーブル、空いてるわよ」
先輩からのありがたい誘いを、私は笑顔で断った。
わざわざ私に声を掛けてくれたのは、先輩も何か思うところがあったのだろうか。「早い目に抜けます」
「そう。でも、二次会を早く抜けるなんて、後が面倒よ」
「そうかもしれませんね」
僻みに思われるだろうか。
それはそれで面白そうだけど。「……その表情、見なかったことにするわ」
「そうして下さい」
本当は見えていない筈だ。
カウンターの照明は逆光で、先輩の方からは表情が隠れる。
新しいグラスを持って私の隣に並んだ先輩は、似合わないドレスの肩紐を直した。「面倒よね、ドレスって」
「お似合いですよ」
「ま、白い服は似合わないらしいわ」
自虐的な先輩だけど、私はそれほど嫌いではない。
ドレスを着ていても着飾った感がないのは、ドレスを着こなしているせいだ。
つまり、この先輩は無理をしたり特別に気合いを入れたりしなくてもドレスを着れる。「それほど仲が良いとは聞いていなかったけど」
「内田さんが、仲が良いらしくて」
「内田さんね。高木さん、同学年だったかしら」
「えぇ。葛原さんは、新婦さんと同学年でしたよね」
「そう。主任なら、遠慮しやすかったんだけど」
「そういうものですか」
「安原くんが出席するって聞いたときに、もう覚悟したわ」
安原というのは、先輩と同学年の若い男性教師。
実直で垢抜けておらず、悪い意味でも空気を読まない同期だ。「安原くんと一緒に飲むことにしたんだけど、高木さんも来なさいよ」
「それもいいんですけど、こんな場所で話す話をもっていないんです」
「それは私も変わらないわ」
そう言って肩をすくめた先輩の隣を、眼鏡をかけた安原が通りかかる。
新しいグラスを手にしているところをみると、彼も飲むペースが速いようだ。「安原、ストップ」
「え……あぁ、葛原さんと高木さん」
「そこに並びなさい」
「え、はい」
先輩の隣に並べさせて、カウンターを私たちで占拠する。
新婦の席の背中側にある柱に隠れるこのスペースは、完全なデッドスペースだ。そこで、私たちは改めてグラスを合わせた。
私は半分ほど残っていたグラスだったけど。「安原、あの子と仲良かったの」
「いいえ。同学年だから誘ってくれたんじゃないですかね」
「それだけで来たの」
「まぁ、欠席するのも悪いかなって」
「そこは義理でしょ」
「いや、葛原さんも出席するって聞いて」
安原の科白を聞いていた先輩が、小さく肩をすくめた。
「やられたわ」
「ま、あの子ですし」
「そういうことね」
理解できていない安原を一人残して、私たちは苦笑しあった。
こういうことをする嫌らしさが、仲良くなれない理由なのだ。「高木さん、早く帰るつもりだったって」
「まぁ、迎えに来るように言ってあるんですよ」
「あら、誰かいい人でも」
「いいえ。弟に」
タイミング良く、携帯電話が鳴った。
着信を示すランプにため息をつきながら、通話ボタンを押す。「もしもし」
『店の前に来たけど、結婚式で貸し切りらしいんだけど』
「そうよ。中にいるの」
『入れそうにないんだけど』
「今から出るわ」
『いいのかよ』
「アンタの気にすることじゃないの」
通話を切って、二人に空になったグラスを預ける。
「迎えが来たようなので、これで」
「待って。私たちも出るわ」
「いいんですか」
「気付きやしないわよ」
グラスを呷った先輩に肘で小突かれ、安原もグラスを空ける。
幹事の子に一言告げて店を出た私の目の前に、拓也が待っていた。「ご苦労」
「ご苦労じゃないよ。何なんだよ、あのメールは」
「悪い魔女に騙されて捕まったのよ」
「どこがだよ」
そう言いつつも、その額の汗は何かしら。
きっと、急いで来てくれたのよね。「あら」
先輩が拓也に気付いたようだ。
拓也もまた、私の後ろに続く二人のことに気付く。「あ……からかったな」
「いいえ。騙されていたのも、捕まっていたのも正しいわよ」
「なら、どうして」
「三人で捕まっていたのよ」
面倒な会話をされる前に、さっさと家に帰ろう。
私は無言で拓也の腕を取ると、先輩に笑顔を振りまいた。「拓也が迎えに来てくれたので、お先に失礼しますね」
「えぇ。可愛い弟さんね」
「え、ちょっと、高木だよな……あの、葛原さん」
展開について来れていない安原は、先輩に腕を組まれて目を白黒させている。
「それじゃ、お互いに他言無用ということで」
「えぇ。そうしましょう」
左右に分かれて、互いに筋を曲がってから、黙って着いてきた拓也が腕をほどく。
「よくわからないけど、大丈夫なのかよ」
「多分ね」
「なら、さっさと帰るよ、チィ姉」
「タク、荷物持って」
「何でだよ」
「いいから。姉の言うことは聞くものよ」
「まったく……忘れ物、ないだろうな」
忘れ物がないか尋ねるなんて、どういう教育を受けてきたのやら。
悪い魔女に引っかからないように、もうすこしお姉さんが鍛えてあげないとね。「さ、帰ろう」
「あぁ」
電車に乗って帰るだけなのに、私の気持ちは軽くなっていた。
少なくとも、悪い魔女のことを忘れられるくらいには。
<了>