勤労感謝用特別緊急企画

男っぽいのは嫌いですか?


「すいません。ここへ行くには、どう行ったらよろしいのでしょうか」

「あぁ、それはですね、この道を右に曲がって……」

 私の声を聞いた途端、道を尋ねてきた男性の顔色が変化した。

 また一人、私の外見に騙されたのだろう。

 髪は長いが、今時の男どもは無用に髪を伸ばしているし、珍しくもない。ついでに言えば秋口で、
薄手の上着を羽織っていることが、私の豊かとは言えない胸を隠していたのだ。

「……で、着けますから」

「ど、どうもありがとう」

 やや足早に私から離れていく男性の背中を見ながら、この事態を引き起こした奴に想いを巡らす。

 ま、私にこんな所で待ちぼうけを食らわせる男など、一人しか心当たりはないのだが。

 

 

 しばらくしてやって来た男は、寝癖を気にしながら私の前に立った。

「悪い。昨夜、飲んでたんだ」

「電話の一本くらい入れたらどうだ?」

「急いでてな。気がつかなかった」

「フン。行くぞ」

 別によくあることなので、気にせず先に歩き出す。

 後からゆっくりと追いかけてくる足音を聞きながら、私は自分の格好を思い描いた。

 男物のシャツに、男が着るような淡い灰色のジャケット。下は男物の細い綿パン。

「……男に見えるか」

「化粧が濃い、香水の匂いがきつい。そんな女に比べるまでもなく、人間の魅力があるぜ」

 いつの間にか隣に並んでいた慶がそう言ってくるが、どうも自信がない。

 ヒールと言う物を履いた試しがないのだが、もしも履いているとすれば、私の身長は軽く慶の身長を
越えてしまうだろう。

「折角取ってきたチケットなんだ。周りなんて気にするなよ」

「お前はもう少し他人の評価というものを、気にした方がいいと思うぞ」

 何しろ、慶ときたら、無精髭は剃らない、大学の教授にケンカは売る。更には、大事な期末試験にすら、
自分の我を押し通すような性格だ。

「他人の目を気にしてちゃ、やりたいことはやれない。そんな生き方、楽しいとは思えないな」

「勝手にしろ」

 そうは言うものの、やはり慶には自由に生きていてもらいたい。

 私自身、剣の道を極めんとしている。

 その為に払った代償は決して小さくはないと言える。

「勝手にするさ。それにしても、お前が映画見たいなんて、何年ぶりだ?」

「少なくとも、ここ数年は見なかったな」

「どう言う風の吹き回しだか。思わず、チケット予約したくらいだ」

「……フン」

 突発的に見たくなってしまったものは仕方がない。おまけにどう考えてもビデオ化されなさそうな
映画であり、その出演者達であった。

 映画館から出て来た人物をかわし、必然的に隣にいる慶の片腕に守られながら見上げる映画館の
広告には、どう考えても売れなさそうな映画のタイトルが大きく描かれていた。

”だから男はやめられない”

 

 

 映画館を出た瞬間、眩しさに手をかざそうとしたら、大きな影が私を捉えた

「慶?」

「眩しいな、結構」

 コイツは時々、直前に起こった雰囲気に流されるとこがある。

「いくらお前が気取っても、映画スターにはなれんぞ」

「……お前が男なら、本気で殴ってるぞ」

「殴れるものなら殴れ。川に洲巻で流してやる」

「この寒いのにか」

「当然だ」

 慶が上着のポケットに手を突っ込んだ。

 仮にも女性と歩いているのに、その仕草はないのではないだろうか。

 私がやや上目遣いに睨むと、その視線に気付いた慶は軽く笑いながらやり返してきた。

「お前だって、映画に流されてるだろ」

 そうかも知れない。

 映画のワンシーンに少し憧れたのは事実だ。

 男性と腕を組んで雨の中を歩く姿は、思わず声を漏らしそうになった程だ。

「うるさい。私だって感動する心を持っていないわけじゃない」

「そんなの、知ってるよ」

 そう言って私を見る目を覗いていると、やはり歳の差があることを感じてしまう。

 いくら強くても、しっかりしているように見えても、私はまだ未成年。

 たった二年の違いでも、その二年に慶が感じた量を超えることは、私には一生かかってもできはしない。

 それが年月と言うものであり、刹那的に生きる、男という生き物なのだろう。

「お前が泣いた数くらい、俺はお前の涙を拭いたんだから」

「……帰るぞ」

 これ以上ここで問答をしていては、負けるような気がした。

 何より、映画で感動している心で戦うには、私はあまりにも幼過ぎ、あまりにも女性だった。

 

「……また、映画に誘ってみるかな」

 背後で慶が呟くのが聞こえたが、私は無視して先を進んだ。

 

 

「もう少し男っぽいといいんだけどな」

「どう言う意味だ?」

 

 

 いつだったか、そんなことを言われたのは。

 桜の散る季節だった気もするが、紅葉の季節だったかも知れない。

「誘われてやってもいいな」

「何か言ったか?」

 後ろを振り返り、慶が追いつくのを待って、静かに後ろへまわる。

「どうした?」

 怪訝そうな慶の背中を押した。

「さっさと帰るぞ。さっさと歩け」

 

 いつの頃からだろう。

 慶の背中を見られなくなるのは。

 

<了>