TOTO、歓迎します
「ゴン太のタンゴ」
「新聞紙」
「貝とイカ」……あいもかわらず、訳のわからないことをしている我が文芸部。
夏の間は取り払われていた炬燵布団も、今はしっかりとひかれている。
その四方にそれぞれ陣取り、私たち四人は半纏姿で炬燵に入っていた。「貝とイカなんて、ありなの?」
「ゴン太のタンゴってのもどうかと思うぞ」今、何をしているのかと言うと、回文を作っているのだ。
回文と言うのは、上から読んでも下から読んでも同じ言葉になるもの。
何かわからない人は、さっきの三つの文章を平仮名にしてみよう。「ゴン太君を知らない人は、日本人じゃないからいいの」
「そうか? 結構年代によると思うが」
「そうですよ。今はゴネリとクワクワさんですよ」
「関係なし。ゴン太君は永遠のシンボルなの」
「そんな無茶苦茶な……」ちなみに、ゴン太君と言うのは、某テレビ局の工作番組のキャラクターだ。
阿左美部長や稜人先輩の幼少のみぎりにあった番組らしい。
もちろん、頼子ちゃんは知っているみたいだが。「ところで、何で私たちが回文を作らなきゃいけないんですか?」
私がそう尋ねると、稜人先輩と頼子ちゃんはキョトンとした顔をした。
どうやら、私だけがわかっていなかったらしい。「何でって……」
「手紙、呼んでなかったの?」二人にそう言われたところで、私には何の心当たりもない。
大体、何で文芸部が回文なんかを作らなきゃいけないのだ。
付け加えるなら、手紙なんてもらってないぞ。私と二人の間に沈黙が流れた。
意思の疎通が上手くいかない時、人というものは沈黙する。「おかしいわね。メール、行かなかった?」
「メールですか? そういや、電源切れちゃってそのままだわ」沈黙を破ってくれた阿左美部長の言葉で、私はすぐに携帯電話を取り出した。
充電器から離して、まだ電源をいれてなかったのだ。……さして支障がないというところが悲しかったりする。
そう言えば、頼子ちゃんはいつになったらメールのことを電子手紙と呼ばなくなるのか。「えっと、これかな」
メール着信のマークがあったので、慌ててメールを開く。
送信元は、確かに見覚えのあるアドレスだった。「明日の部活で回文を発表しあいます……て、理由も何もないんですけど」
携帯電話から顔を上げると、阿左美部長はいつもの笑顔を浮かべていた。
邪気のない、綺麗な笑顔だ。「今度の季刊に載せようと思って」
「いや、それはいいんですけど。何で回文なんですか?」
「してみたかったから」思わず脱力する。
それでも、しっかりと炬燵の上のゴミから身体を離しているところを見ると、私も大分この文芸部になじんできたんだなと実感してしまう。そんな私にかまわず、阿左美部長が親切に教えてくれる。
回文を始めた理由を。「前の季刊で先輩の書いた小説がね、回文の題名で、見事だったから」
「これを放っておく手はないと言うことか」
「そう。上手いと思ったら、一度は取り入れる。これ、小説書きの鉄則」他人が聞いたら文句を言われるかも知れないが、我が文芸部の鉄則だ。
まずは上手いと思ったものを取り入れて消化してみないといけない。
そうしなければ、いつまで経っても独り善がりの文章で終わってしまう。
あくまでも志は高く持つ。
そのためには重要なことなのだ。「……でも、今までのってどれも使えないですね」
「ゴン太のタンゴじゃな……とても小説は書けんぞ」
「ゴン太君、可愛いのに」いや、そう言う問題じゃないと思うんですけど。
根本的に間違っていると思うのは、私の偏見ではないだろう。「遅くなりました」
「あ、義久君。回文、考えて来た?」部室の扉を開けて入って来た義久君に、首を捻じ曲げながら尋ねる。
すると、義久君は何かのカードを私たちに示した。「宝くじを買うか、伯父倉方」
「……今までで一番ダメかも」
「そうなんですか? TOTO買ってみて思いついたんですけど」TOTOか。
最初ほど高額配当も出なくなった、不良宝くじだ。
それにしても、随分と今更だぞ、義久君。「トトか。しばらく当たらなかったから、もう買わなくなったな」
「そう言えば稜人、よく買ってたよね」
「二等までは何とかなるんだけどな。確率的には競馬よりも予想が楽だし」やはり手を出していたか。
とにかくこのカップルは、何事もやってみないと気が済まないらしい。「三口買ってみたんです。ネタになるかと思って」
その時、頼子ちゃんがテレビのリモコンをいじった。
ちょうど、サッカーの生放送が行われている時間だ。「応援しましょうか、みんなで」
「そうね」私はそう言って、真っ先に寝転がってテレビに視線を向けた。
正直、回文からは遠ざかりたかったのだ。「サクラは楽さ……」
こんな回文、恥かしくって言えやしない。
<了>