就職戦線、歓迎します


 

「連休、義久君は何か予定あるの」
「特にないよ。課題を片付けるぐらいかな」

 四月も終わろうかという今日、私はいつも通りに部室に寝転がっていた。
 点いているテレビは、いつもの昼の情報番組を流している。

「あ、そっか。ねぇ、経済学のノート、コピーさせてくれない?」
「今日は休講だって言ってたから、持って来てないけど」
「連休明けでいいよ。どっちにしろ、連休中なんて勉強する気がおきないから」

 そう言って、手近にあった月刊誌を開く。
 一度読んだものだったらしくて、数ページ読んだだけで飽きがきた。

「うー、退屈だ」

 月刊誌を手の届かないところへと滑らせて、私はぐるりと仰向けになった。
 義久君はいつものようにパソコンに向かって、何やら調べものをしているらしい。

「あ、失敗した。締め切り、過ぎてる」

 珍しく、義久君が机を叩いた。

「どしたの?」

 むくりと起き上がって、義久君の方へ首をまわす。
 よほど悔しかったのか、サイトが開いたままになっていた。

「いえ、エントリーシートの締め切りが過ぎてて……」
「バイトでも探してたの」

 後ろ手に体を支えて、凝っていた首周りをほぐす。
 おー、ちょっと気持ちいい。

「正社員の情報を々集めておこうと思ってて。就職、まだまだ厳しいし」
「別にいいんじゃないの。来年動き始めるくらいで丁度だよ」

 私がそう答えたとき、部室の扉を開けて、部長と稜人先輩が入ってきた。
 部長の手にしているパンフレットの量を見ると、まだどこに行くか決まっていないらしい。

 案の定、部長は大量のパンフレットをコタツの上に並べて、いそいそと写真を眺め始めた。
 その傍らでは、いつものように稜人先輩がお茶をいれている。

「また、どこか行くんですか」
「行きたいなぁって。一泊六千円以内で、美味しいご飯がついて、のんびり温泉に入れるところ」
「どこにあるんですか、そんなとこが」

 まぁ、部長のいつものことだ。
 最後にはお金の部分で妥協する人たちだから、好きにしてって感じだけど。

 稜人先輩が目顔でお茶をいるかと尋ねてきたけど、私は小さく首を左右に振った。
 義久君も、無言でデスクトップの側のジュースを指したみたいだ。

「まぁ、国民宿舎とかを探してみるよ」
「温泉なんてありますか」
「ま、ダメなら城之崎のビジネスホテルという手もあるし」

 まだ、カニは大丈夫なのかな。
 三月を過ぎたら禁漁期間に入ったような気もするけど。

「近江牛、松坂牛、但馬牛……ん〜、伊賀牛ってのもいいわね」
「牛肉限定ですか」
「そうよ。猪は冬に鍋で食べたし」

 本当、食欲魔人なんだから。
 春は牛肉で、夏は魚で、秋は何でもこいで、冬は鍋物ですか。

「あ、でも、透明色のイカもいいわね」
「マイカの最盛期は夏ですよ。まだ早いんじゃないですか」
「甘いわね、霞ちゃん。春先は剣先イカよ、剣先イカ」

 すみません。
 私、別にイカ博士でもなんでもないんで、そんな種類言われてもわかりません。

「山口まで行くのか」
「萩なら、山陰走ればすぐじゃない」
「いやまぁ、そうだけど」

 わざわざイカを食べるために山口県まで行くというのか、この二人は。
 まったくもって理解しがたい。

 何やらカタカタと音がする方を振り返ると、義久君がネットで検索を始めていた。
 コタツから出てディスプレイに寄った私に、場所を開けてくれた。

「これ……かな」
「みたいだけど、よくまぁ、こんな情報が頭の中に入ってるものね」
「部長が部長たる所以かな」
「たしかに」

 と、いうよりも、それについていってる稜人先輩のほうも心配になる。
 そろそろ就職活動をしなくていいのだろうか。

 私たち二人が振り返ると、どうやら稜人先輩が具体的な詰めに入りだしたらしい。
 パンフレットから地図へと、見ているものが変わっていた。

「車中泊でいいから、美味しいもの食べたいわ」
「まぁ、宿は出たところ勝負でいいか」
「決まりね。須佐港にしましょう」

 あ、もう決まったみたい。
 相変わらずやることが素早いというか。

「あ、あの、稜人先輩、就職活動は大丈夫なんですか」
「そっちは連絡待ちだな。ほら、これが担当者の名刺」

 財布から取り出して見せてくれた名刺の裏には、細かな字で電話のあった日付とその内容が記されていた。
 几帳面な人だな、やっぱり。

「GWは企業も休むから、連絡を待つ以外にすることもないからね」
「それならいいんですけど」

 場所が決まっても、部長はまだパンフレットを広げている。
 多分、この人は旅行に行く過程を楽しむのが好きなんだろうな。

「冬場の東北露天風呂か、夏場の東北露天風呂か。霞ちゃんなら、どっちがいい?」
「冬場の東北露天風呂って、すごく寒そうなんですけど」
「寒いからいいんじゃない。雪がチラホラ降る中で、露天風呂に浸かって……混浴とか?」

 それ、最後は疑問形で言うところじゃないですよ。
 多分。ううん、絶対。

「あー、もう好きにしてください」

 

<了>