思い出、歓迎します


 

「ダァッ!」

 原稿を投げ出してそう叫ぶと、隣でキーを叩いていた頼子ちゃんが慌てて声をかけてきた。

「ど、どうしたんですか?」
「……浮かばない」
「へ?」
「浮かばないのよッ、いいネタが全然!」

 バンバンと両手で机を叩く私を見て、頼子ちゃんは吐息をついて原稿を拾い始めた。

「……あ、これ、お題が出てるやつですね」
「そ。どう考えたって、そんなもんがつながるわけないでしょ」

 大体、何で文芸部の夏の季刊ごときでお題が出るのだ?
 しかも、夏休み特集号も出すらしい。

「そんな……みなさん同じお題なんですから、霞さんにもできますよ」
「うぅ……頼子ちゃんはできたの?」

 机に突っ伏して、上目遣いに頼子ちゃんを睨む。

「はい。できました」

 あっさり言うな、あっさり。
 心の中のツッコミが、余計虚しく感じる。心は梅雨みたいに土砂降りだ。

「よく浮かんだねぇ」
「深く考え過ぎなんですよ。梅雨の晩、牧場主は息子の幼妻を陵辱した。ね、簡単でしょ?」

 にこやかに陵辱と言われてもなぁ。
 そんなんでいいのかい、頼子ちゃん。

 だんだん頼子ちゃんの正体がわからなくなってきた私に、原稿が返された。

「はい。頑張りましょうね」
「頑張りたいのはヤマヤマなんだけどねぇ」

 そう言った時、部室の扉が開かれた。

「おはよう」
「稜人先輩、こんにちは」
「ウィーッス」

 稜人先輩の後ろには、一緒に傘に入って来たらしい阿左美先輩もいた。

「おはよう」
「こんにちは」
「ウイッス」

 気のない返事は両方とも私だ。
 頼子ちゃんは丁寧に頭まで下げてるのにね。

 どうやら雨は酷くなっているらしい。
 二人の先輩は部室の玄関においてある土棚からタオルを取って、髪とかを拭きだした。
 髪を拭いている阿左美先輩を見ていると、何だか不思議な気持ちだ。

「阿左美、何か飲む?」
「あ。お茶、いれようか」
「いいよ、俺の方が先に拭き終わったし」

 そう言って部室に上がってきた先輩は、そのままレンジに向かった。

 うーむ……まるで新婚さんだな。

「どうですか?」
「うーん、幼妻って感じじゃないんだよねェ」
「何のことを言ってるんです?」

 どうやら、心の中の言葉が漏れてしまったらしい。

「いやね、先輩見てても幼妻のイメージが……」
「あぁ、そのことですか。だったら、取材してみたらどうです?」

 コソコソとした会話を聞きつけて、阿左美先輩がこっちを向いた。

「何の話?」

 さすがに遠慮した私は、別の話題をふることにした。

「先輩、先輩と稜人先輩は何処で知り合ったんですか?」
「ん? おじさんの牧場だったかしら。馬に乗りに来たのよね、稜人」

 そう言いながら、先輩は人数分のカップをお盆に載せて持って来た先輩の方を振り向いた。
 先輩は先にカップを渡して、阿左美先輩の隣に腰を下ろしてから答えた。

「そうだったかな。そうそう、同じくらいの子が馬に乗ってるのを見て、僕も乗りたくなったんだよ」
「阿左美先輩、馬に乗れるんですか?」
「それじゃ、夏の合宿はウチの牧場にしましょうか」
「いいね。昼寝すると気持ちいいし」

 ……勝手に合宿の場所を決めないで欲しいんですけど。
 それにしても、全然答えになってないです、先輩。

「それで、何かあったんですか?」

 この手の話題には興味深々なのが頼子ちゃん。思わず膝を進めている。
 勢いよく尋ねられた先輩は、何故か頬を紅く染めた。

「……言えないわ……あんなこと」

 あ、あんなことッ?
 何なんだッ?

 頼子ちゃんを見てみると、こっちは更に目が爛々。

「一緒に馬に乗っただけだよ」

 さらりとかわそうとした稜人先輩の言葉も空しく、続きが出てきた。

「……あのね、一緒に馬に乗った時にね、振り落とされそうになっちゃって、稜人のズボン引っ張っちゃって……ズボン脱がせちゃったの」

 ……衝撃的、か?
 まぁ、その頃の子供にとっちゃ衝撃的かなぁ。

「ま、それが縁だったのかもな」

 何事もなかったようにお茶を啜る稜人先輩。

「そうね。その日におもちゃの婚約指輪交わしたんだっけ」

 ブホッ。

 ……お茶が噴出した。稜人先輩の口から。

「キャッ、先輩!」
「悪い! 阿左美が悪いんだぞッ」
「えー? でもほら、証拠見せてあげる」
「とにかくタオル!」
「見せんでいいッ」
「頼子ちゃん、下着スケてる!」
「嘘ッ?」

 ……とにかく、今日も部室は賑やかだ。

 

<了>