救世主、歓迎します


 今回は非常に拙い。
 どう考えても締め切りに無理がありすぎる。

「焦るな。焦るな、私」

 必死に言い聞かせてみても、身体は待ちきれなくてうずうずしてる。
 一刻も早くキーを叩けと、脊髄が私を駆り立てる。

「まだだ。まだだぞ、私」

 ここで書き始めてしまえば、結果はわかりきってるんだ。
 こんな設定があやふやな状態で書き出したものは、絶対に失速する。

 はっきり言おう。
 ここで書き始めたら、駄作ができる。

「我慢だ。我慢だぞ、私」

 もうくる頃だ。
 きっとくる。

 そう思いつつ、私は小一時間もパソコンの前に座り続けている。
 はたから見たら、ディスプレイを食いちぎらんばかりの勢いで。

 ここで勘違いしてはいけないのは、待てば来るというものでもないのだ。
 はっきり言ってしまえば、待てば待つだけ持ち時間は減っていく。
 それだけは確かだ。

「正統派ヒロインだ」

 もう、何かが限界だった。
 見切り発車と言われようが、私の指は動き始めていた。

 心の中の警告をまったく無視して、私は指に任せるままにキーを叩いていく。
 甲高い音が心地よいほど部屋の中に響きだす。

「今回は正統派ヒロインがいい」

 ここで、ふと思う。
 正統派ヒロインの定義って何だ。

 金髪か、黒髪か。
 内気な女の子か、活発なボク娘か。

「黒髪、かなぁ」

 個人的嗜好だ。文句あるか。
 どうも、活発なボーイッシュはヒロインにできない。

 こう、何ていうか、ちょうどいい脇役って感じがするし。
 大体、今時、体育会系の元気娘が流行るわけないし。

「性格はどうしよう」

 今の流行はツンデレらしい。
 確かに、ツンデレは書いていて楽しい。
 強気な女の子だから活動的な言動が使えるし、掛け合いも書きやすい。

「でもねぇ」

 世間の流行に流されるってのもね。
 これでも一応はプロを目指してるんだから、何でも流行ってのはね。

 大体、強気な女の子が多い今だからこそ、原点回帰が望まれるんじゃないの。
 アニマのような女性像こそ、今の世の中に求められているものじゃないだろうか。

「デレってのが気に食わないんだよね」

 ツンツンしてるのは理解できる。
 だけど、デレデレというのは理解しがたい。

 阿佐美部長のはデレデレじゃないし、参考にもならない。
 頼子ちゃんはどっちかっていうとサッパリ系だし。
 身近にいないよねぇ、ツンデレって。

「長髪クール……」

 ツンデレの正反対の位置にあるのが、黒髪クールな女の子か。
 皮肉やウィットに富んだ会話ができて、さらりと男の子をあしらう女の子。

 長身だとただのクール美女になってしまうから、どうせなら身長は低め。
 オプションで眼鏡もかけちゃえ。

「うーむ。誰だよ、これ」

 あらためて、想像していた人物像のプロフィールをスケッチしてみる。

 身長は低め、眼鏡付き。
 黒髪ストレートで、ちょっと泣き虫。
 女友達と腕を組んで歩くような女の子。

「これが似合う男の子ねぇ」

 うーん。

 ダメだ。
 思いつかない。

 結局のところ、男の子のストックも少なすぎる。
 漫画でインスピレーションを補うなり、街中で人物観察するなりしないと。
 このままだとキャラクターすら確立できないや。

「ダメだ。買い物行こう」

 このままじゃダメだ。
 駅前の喫茶店でも行って、ネタを練り直そう。

 諦めずに、救世主が降りてくるのを待ちますか。

 

<了>