高速道路、歓迎します
季節は夏。
大学生活も夏期休講に突入。……てな理由で、ついに夏の合宿に出発なのだ。
「おはようございまーす」
集合場所になっている部室を元気良く開け放つと、中にいる先輩二人が挨拶を返してくれた。
「おはよう」
「おはよう、霞ちゃん」先に来ていたのは先輩二人だけ。
頼子ちゃんと義久君はまだ来てないらしい。仕方がないので荷物を下ろして待っていると、部室の扉が開いた。
「おはようございます」
「おはよう」先に来たのは義久君。
バッグといい服装といい、簡単な旅行に行く感じだ。
まぁ、文芸部の合宿なんて、原稿用紙かノートパソコンだけで済むもんね。「おはようございます。遅れちゃって、すみませんでした」
「構わない。阿左美、そろそろ行く準備して」
「はーい」次に来たのは頼子ちゃん。
なんだけど……この格好は何?「頼子ちゃん……何なの、そのアイスラ○ガーが撃てそうな格好はッ」
ピチッとしたライダースーツ姿なのだ。
とてもじゃないが、普段の頼子ちゃんからは想像ができない。
しかも、今日はコンタクトなんかしてたりするのだ。ちなみに、その攻撃ができるのは某兄弟の7番目だけなのだ。
「変ですか? ツーリングに行く時はいつもこの格好なんですけど」
「変と言うか何と言うか……あまりにも普段と違い過ぎる!」
「そうですか? 月に三回くらいはこの格好なんですけど」またしても、またしても頼子ちゃんに裏切られた。
どうしてこの娘は他人の予想もつかないことをしてくれるのかね。眼鏡の文学少女が、コンタクトでライダー姿ってのはどうなのよ。
絶対に変だ。
決して私の認識が間違っているのではない。「行く前から頭痛くなりそう……」
思わず頭を抱え込んでいると、阿左美部長がにこやかに話しかけてくる。
「酔い止めは飲んだの?」
「そう言う問題じゃないです」段々と頭痛が酷くなってくる。
これはもう、さっさと出発してくれた方がいいのかも。その願いが通じたのか、ようやく稜人先輩が車を回してくれたのだった。
稜人先輩が運転する車に乗ること約一時間。
私たちは最初の休憩として、SAに入っていた。「疲れてるなら、運転変わろうか?」
「今のところは大丈夫だよ。ゆっくり休ませてもらえばね」
「無理しないでね」阿左美部長と稜人先輩が仲良く建物の方に歩いて行くと、残されるのは一年生が二人。
「何か飲んだら?」
「うん……そうする」自動販売機の前に立ち、熱いお茶を買う。
車に酔ったみたいで、どうにも気分が悪い。そんな私を見かねたのか、義久君はずっと傍に立っていてくれる。
もちろん、彼の右手には炭酸飲料が握られているのだが。「それにしても、何キロ走った?」
「時速百三十で飛ばしてたから、もう半分ぐらい来てるかな」
「意外に飛ばし屋だったんだねぇ」稜人先輩は平気な顔で走っていたし、阿左美部長も至って普通だ。
あの二人は高速道路にも制限速度があることを知らないらしい。
強引な運転じゃないけど、可能な限り走りまくっている気がする。「頼子さん、大丈夫かな」
「そう言えば、高速を走ってるんだっけ」頼子ちゃんも高速道路をバイクで走っているのだ。
体格に似合わない程の大型バイクで、サーキットで走っているのと区別がつかない。
大学を出る時に、非常に嬉しそうだったのが気になるけどね。「ふぅ……大分良くなってきた」
「じゃ、建物の中に入りますか。暑いですし、外」
「そうだね」さすがに気分が治まってくると、今度は外気温の高さが気になってくる。
お茶も飲み終えたことだし、建物の中の涼しい空間へ移動だ。SAの中は大きな売店のようだ。
通路は広くて、売店のような区画の向こうは、食堂のようになっている。「ねぇ、これいいよ」
「教訓耳かきだろ、それは」
「でも、今回のは更にハイテクっぽいよ」
「蛍光耳かきって、耳の中じゃ真っ黒だったじゃないか」
「でも、今回のは蛍光塗料に加えて、ラメ付きだよ」
「教訓の意味は何処にいったんだ、何処に」何だかバカみたいなことを言い合ってるカップルがいるが、放っておこう。
何だか見たことのある二人のような気もするが、他人の振りだ。売店を見ていても仕方がないので、食堂の椅子に腰を下ろす。
丁度、頼子ちゃんが何かを食べていたのでその正面の席を確保する。
頼子ちゃんの隣には見覚えのある帽子があった。「いきなり食事ですか、頼子さん」
「うん。やっぱり、食べておかないと」
「……て、何で牛丼なのよ!」うら若き女子大生が、公共の面前で牛丼食べるか、普通ッ。
ライダースーツと重なって、やけに雰囲気も出てるし!「美味しいよ、牛丼」
「美味しいとかそう言う問題じゃなくて、何かこう、あるでしょ!」
「安くて美味しいし。やっぱり食べる物には気を使わないと」
「だから、せめて麺類にするとか……」
「バイクの運転ってお腹空くから」もう吐息も出せんぞ。
合宿に入る前に疲れきってしまいそうだわ。「ここからノンストップに近いから、二人とも食べておいた方がいいよ」
「それじゃ、買って来ます」
「おにぎりお願い」素直に頼子ちゃんの言葉に従った義久君に、私の分のおにぎりを注文する。
お茶で先に一息いれて、私は食べ終わった頼子ちゃんをジト目で睨む。「……何ですか?」
「頼子ちゃん、慣れてない?」
「そうですね。北陸道なんかよく走りますね」サラッと言われてもなぁ。
困るんですけど、実際。「霞ちゃんも大型免許取ったら?」
「遠慮するわ」
「気持ちいいよ。いい気分転換にもなるし」笑顔の頼子ちゃんはいつもの頼子ちゃんなんだけどね。
どうにもそのライダースーツと牛丼が気になって仕方ないんですけど。そうこうしている間に、阿左美部長の声が近くに聞こえてきた。
「はい、これは私からのおごりね」
そう言って突然目の前に出されたのは、何の変哲もない豚汁。
何故か阿左美部長と稜人先輩の手には焼きおにぎりがあった。うーむ、焼きおにぎりは美味しそうだな。
だけど、この豚汁は結構辛いんですけど。……このままだと、食事のTPOを忘れそうです。
助けて、お父さん。
<了>