不法侵入、歓迎します
夏の季刊も出し終えて、秋の原稿までにはまだかなりの暇がある。
「これでしばらくは、原稿に襲われる夢も見なくてすみそうですね」
締め切りに慣れていなかったのか、義久君には、夏の季刊が重かったらしい。
何度もトランプのジョーカーが夢の中で鎌を振るって来たそうだ。まぁ、わからなくもないんだけどさ。
「そうだねぇ」
部室の畳の上に寝転がりながら、私は次のページをめくった。
少し前に配送を済ませたばかりの、我が文芸部の夏の季刊を読んでいる最中。
部員だけで作ったわけでなく、卒業した先輩達の作品もある。
そうでなくても他人の作った作品を読むのは大変勉強になるので、最近はずっと読んでいる。「それにしても霞さん、どうしてここにいるわけ?」
「……聞かないでよ」グサッと胸に刺さったよ、今の言葉は。
どうせ、夏休みにどこからも誘いがかからなかった、悲しい女子大生ですよ。「そう言うアンタだって、どうして居るのよ」
本から目を離して、パソコンのキーを叩いている義久を睨む。
「課題。家にプリンターがないもんで」
「あ、そう」結局、暇なのは私だけらしい。
いいんだよ、もう諦めてるから……文芸界のアイドル目指してやるんだから。
突然、勢いよく部室の扉が開かれた。
この部室がそんなふうになるのは滅多にないことだ。
当然、私たち二人は入ってきた人物を凝視した。「ちょっと、調べさせてもらうよ」
「はい?」でも、ちょっと抗し難い雰囲気。
この威圧感は只者じゃないッ。「キツネ狩りの最中なんだ。邪魔すると、容赦しないよ」
思わず立ち上がって入り口を塞ごうとしてた義久君も、その言葉に気圧されて私の方へ戻って来た。
「どうなってるの?」
「こっちが聞きたい」
「この辺、キツネなんているっけ?」
「誰かが飼ってたとか」
「ウチの大学、動物愛好会なんてないはずなんだけど……」そうしている間にも、掃除用具入れ、押し入れ、キッチンと次々に調べられていく。
散々探して、最後には結局見つけられなかった侵入者が、私達に写真を示した。「これです。これがキツネこと、今野です。みつけたら、大至急、演劇部まで連行して下さい」
「はぁ」
「頼みます……ここにもいないってなると、どこに逃げたんだか……」来た時と同様、嵐のように過ぎ去って行った。
……てか、一体何なわけ?隣にいる義久君にしても同様らしい。
「わけがわかんない」
「……まぁ、何もなかったわけだし」引きつった笑みを向けてやろう、うん。
「無視した方がいいと思わない?」
「そう思う」
「よし、決定」この件はなかったことにする。
再び、この素晴らしき新入部員、竹崎霞が文芸部を救ったのだ。一人悦に入ってると、閉められた扉が再び開いた。
「あら、二人とも居るのね」
部長!
女神様に見えます、今。
……と、言うより、何でこの秋にノースリーブのワンピースなんだ?「何か?」
「ん? じきに後の二人も来るから、全員集まったら話します」そう言って、畳の奥のキッチンに向かおうとした阿左美先輩の足が止まった。
「……今、畳が浮いた?」
「多分」そう、畳が浮いたのだ。
返事をしたのは義久君だけど、私は声も出ない。「誰か、掘り炬燵の中にダチョウの卵でもいれてたの?」
入れません!
絶対に入れません!「あ、出て来る」
「ぃャァ……イヤァッ!」義久君、ゴメン!
何の関係も無いけど、私の為に死んで!思わず義久君の背中に隠れて、無意識のうちに服をつかんでいた。
ま、この際だから仕方ないんだけどね。「……なんや、えらい五月蝿いやっちゃなぁ」
「何だ、キツネじゃない。今、お茶いれるから」
「おおきに」え?
どう言うこと?
何で普通に会話してるわけ?「ちぃっと隠れさせてもろたで」
「可哀想に、探し回ってたわよ、彼」
「かまへん。ウチにお姫様役やらすようなアホに、これくらいかまへんねん」……全く話が見えん。
「あ、二人ともよろしうな。今度合同合宿する演劇部の部長で、今野や」
「あ、今日はそれを言うつもりだったの」
「よろしう頼むで」何なんだ、一体ッ。
もはや、この部に、私、竹崎霞はついて行く勇気がもてないです……。
<了>