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電話できない


「セティ、いるか」

 そう言って魔道士部隊の陣幕に入ったアーサーは、幕の中央に目的の人物を見つけた。

 シレジアからついてきた側近なのか、緑髪の兵士と話していたセティが、アーサーに気付いて話を止める。

「では、そのように取り計らって欲しい」

「承知いたしました。王には、いかがいたしましょうか」

「一応は話を通しておこう。何か不備があれば、指摘してくれるかもしれない」

 兵士がアーサーにも頭を下げ、幕の外へと出る。

 その足音が遠ざかったところで、アーサーは手頃な大きさの木箱に腰を乗せた。

「いいのか」

「細部を詰めるのはこれからだ。今のはまだ、草案だったからね」

「大変だねぇ、シレジアの王子様も」

「国を飛び出してきた罰さ。それで、何かあったのかい」

 広げられていた紙をまとめながら、セティが背中越しに用件を尋ねる。

「最近、フィーが妙なんだよ。遊びに誘っても来ないし、態度が素っ気ないっていうか」

「飽きられたんじゃないのか」

「あのな」

 さらりと辛辣なセティの言葉に、アーサーは返事に怒気をこめる。

 それを感じ取ったセティが、まとめ終わった紙を手に、苦笑しつつ振り向く。

「冗談だよ」

「お前の冗談は、冗談に聞こえねぇんだよ」

 器用に魔法の風を使って木箱を開け、セティが中に紙をしまう。

「何か聞いてないかと思ってさ」

「何故、妹の痴話ケンカまで、私が面倒を見なければならないんだい」

 手でふたを閉じたセティが、そう言いながらふたの上に腰をおろす。

「考えたってわからないから、お前のところに来てんじゃないか」

「だとしたら、期待外れだね。私も、妹が君とケンカをしていることを、今になって知ったのだから」

「口止めされてるとか」

「必要がないだろう」

 セティが肩をすくめ、アーサーに微笑む。

「……ダメか」

「残念ながらね」

 少しの沈黙の後、アーサーは木箱の上で仰向けに倒れた。

 幕の天井にはつぎはぎの跡が見られ、何となしに跡の境目を目で追う。

「しかし、私もここ数日は忙しかったのでね。私もフィーとは話していないよ」

「そっか」

 セティの言葉に、アーサーは少し安心したようにそう言った。

 今までの場合、機嫌を損ねたフィーはセティが忙しかろうと、ずっとセティのそばにくっついていたのだ。

 そうでないならば、今回は機嫌を損ねたと決めつけるのも早計だろうと。

「何か、やらかしたのかい」

「さぁね。任務でラクチェと野宿したぐらいかねぇ」

「おや、ラクチェ殿と任務だったのかい」

 意外な名前だったのか、セティが話を広げさせる。

「あぁ。最初はナンナのはずだったんだけど、体調が悪くなったらしくてさ」

「偵察かい」

「トラキアの軍勢の動きを見に、な」

「しかし、それだけのことでへそを曲げるとも思えないが」

 セティがそう言って首をひねるが、アーサーも思いは同じである。

 今までも別任務の時は何回もあったが、これほど無視された覚えはなかった。

「野宿の最中、ラクチェ殿に手を出したとか」

「そこまで命知らずじゃないって」

 イザークの忘れ形見であるラクチェの人気は、アーサーも身に染みてわかっている。

 下手なことをすればドズルの公子はおろか、一般兵にすら命を狙われる危険があった。

 それを知っていて手を出すほど、アーサーも愚かではない。

「大体、好みじゃないの」

「健康美は軍随一だが」

「ツンデレは嫌いなの。重たいし」

「なるほど。それは同感だな」

 女性の好みに関しては、二人とも似た部分が多い。

 キーワードをあげるなら、着痩せ、面倒見のよさ、甘え上手といったところか。

「具合が悪いのかもしれないな」

「その程度なら、そう言うって。それほど浅い付き合いじゃないぞ、オレたち」

 アーサーの言葉通り、恋人になって久しい二人である。

 具合が悪いからといって、そのことを隠さなければならない仲でもない。

「君がティニーを構い過ぎたとか」

 セティに言われ、アーサーはここしばらくの自分の行動を省みる。

 すると、フィーはおろか、ティニーにさえ会っていなかったことに気付く。

「ん……ティニーにも会ってないな」

「そうなのか」

「てっきり、お前のところにいると思ってたからな」

「私もここしばらくはシレジアからの連絡が入っていてね。彼女とは食事程度だ」

 どんなに忙しくてもそこだけは外さないセティに少し呆れつつ、アーサーは大きくため息を吐いた。

「任務だったんだから、仕方ないってのにな」

「今日で何日目だい」

「そろそろ二週間だな。まぁ、間に三日ほど任務があったし、先週は戦もあったけど」

 戦場になれば、アーサーとフィーは別部隊になる。

 もちろん、先週の戦いで傷を負っていないのは、勝利した後に確かめあっている。

「まぁ、機会があればそれとなく聞いておこう」

「助かる」

 そう言って立ち上がったアーサーが幕に手をかけようとした瞬間、幕のほうから外側へと開かれる。

 手を伸ばしたまま目を瞬かせたアーサーの前に、手に白いものを持ったフィーが立っていた。

「あ、アーサー。偵察、終わったんだ」

「あぁ。その、久しぶり」

「何よ、それ」

 アーサーの言葉に朗らかに笑い、フィーが幕の中に入る。

 何となく立ち去りがたく感じたアーサーの脇をすり抜けて、フィーがセティの前に手にしていたものを広げる。

「お兄ちゃん、どうかな」

「どうかなと言われても……そのレースがどうかしたのかい」

「仕上がりはどうって聞いてんのよ」

 片頬を膨らませ、フィーがレースをセティへと押し付ける。

 何とかそれを押しとどめて、セティはレースの編み目に目を凝らした。

「うん、よくできていると思うが」

「本当? じゃ、これ、あげてくるわね」

「ちょっ、ちょっと」

 話についていけていなかったアーサーは、ようやくのことでフィーを呼び止める。

「その、それ、誰にやるんだよ」

「誰にって、ナンナに決まってるじゃない」

「どうしてナンナに」

「シレジアではね、赤ちゃんができたときにレース編みを送るでしょ。アンタ、シレジア出身じゃなかったっけ」

 こともなげにそう言ったフィーに、アーサーとセティは目を丸くしてフィーへと詰め寄った。

「ちょっと待ちなさい」

「いつ、ナンナが妊娠したんだよッ」

 二人の反応に、フィーがキョトンとした顔で尋ね返す。

「あれ……知らなかったの」

「聞いてないな」

「オレも初耳だ」

 複雑な表情でたたずむ二人にパンっと手を叩き、フィーが頭をかいた。

「言ってなかったわ」

「何だよ。それ」

 呆れるアーサーをよそに、セティが難しい表情のまま、フィーに詳細を尋ねる。

「で、誰の子なんだい」

「もちろん、リーフ王子じゃないかしら」

「王位継承候補になるのか」

「そうね」

 そう言って、フィーが手にしているレースを見下ろす。

「王家の紋章のほうがよかったかな」

「それは気にする必要はないだろう。生まれたときに、また送ってあげればいい」

「そうよね。それじゃ、渡してくるわね」

「あ、オレも行くよ」

「そう。お兄ちゃんはどうするの」

「あまり大勢で行っても気を使わせてしまうだろう。また、別の機会に訪ねることにするよ」

「それじゃ、行ってくるわね」

 おそらく、ナンナのいる陣幕へ真っ直ぐに向かう妹とアーサーを見送り、セティは一人、頬を緩めていた。

 

 


 

 

 ようやく安定期に入ったか、顔色の戻ったナンナを見舞った二人は、そのままアーサーの陣幕で休憩していた。

 恋人が不機嫌だったわけではないとわかり、アーサーは落ち着いた表情でフィーの前に座っていた。

 今まで知らなかったフィーの特技を見れて、どちらかと言えば嬉しそうでもある。

「生まれてくるまで、どれくらいかかるんだっけ」

「まぁ、平均で三百日だよな」

「栗毛かな、金髪かな」

「あの二人を足すんなら、金髪ストレートだな」

「うわー、絶対可愛いよね」

 無邪気にそう言って、フィーが快活に笑う。

「あー、子供欲しいなぁ」

「今からでも構わないぞ」

「何よ、真顔になっちゃって」

 真剣な表情で目の前に立つアーサーに、フィーがたじろぎながら視線を外す。

 慌てて腰のスカートに手をやり、中身をあさる。

「あ、ほら、コレ」

「何だよ」

「ついでに作ったの。巧くできてると思うから、アンタにあげるわ」

 そう言ってフィーが取り出したのは、先程のものよりも少し小さめのレース編みだった。

 受け取って光にかざすと、その意匠はアーサーのよく知るものだった。

「ティニーに見せてもらったのよ。そのペンダントの意匠って、炎の紋章なんでしょ」

「あぁ……上手いな」

「まぁね。でも、シレジアの女の子は、みんなできるわよ」

「でも、凄いって」

 アーサーの言葉に、フィーがまんざらでもなさそうに微笑む。

 確かに凝った編み方ではないが、その分、くっきりと炎の文様が模られていた。

「あたしからのお守り、かな」

「えっ」

「ほら、ペンダント二つは、さすがに邪魔そうじゃない。これなら、それほど重くもないし」

「じゃあ、これ、オレのために……」

「まぁ……ね。ほら、やっぱり恋人だしさ」

「ありがとう、フィー」

「ちょっ、ちょっと」

 ガバッと抱きしめられ、フィーが顔を赤くしながらアーサーの胸板を押す。

 それでも、それほどの力は入っていなかったのか、わずかに隙間を作っただけだった。

「もう、そんなに嬉しかったの」

「だって、フィーに何かもらったのって、初めてだし」

「あ、そうだったかな」

「本当に嬉しい」

 アーサーの両手が、フィーの両手を包み込む。

 頬を赤くして目を閉じたフィーに、アーサーは静かに微笑んだ。

 

 

「……生きる理由にしていいか」

「それでアーサーが迷わないならね」

 そう言って微笑むフィーに、アーサーはもう一度、腕の中に温もりを包み込んだ。

<了>