地上を制する力
地上に降下したジオン軍の最大の悩みは、新型MSの整備である。
新型MSはジオンのコロニーで製作されることが多く、そのマニュアルは、なかなか最前線へと渡らない。
仕様書のない状態で整備を任される整備兵たちにとって、新型MSはありがた迷惑でもあった。
「くそっ、こんな砂っぽい地上で、こんなホバリング機能なんているのかよ」
「同感だ。本国の連中、宇宙用と地上用がごっちゃになりだしたんじゃねぇのか」
新型MS、MS−09、通称ドムの整備をしながら、整備兵たちが口々に文句を言い始める。
それまでのMSの常識を覆す、ホバリング機能搭載のこの黒いMSは、三機だけが配属されたばかりだ。
当然、整備マニュアル等も十分に用意されているわけではない。
「こんなのより、マゼラトップの機動性を上げたほうが、いくらか使えるだろうに」
「おいおい、そいつぁ言い過ぎだぜ」
バカ笑いを始めた整備兵たちを見ながら、三人の男たちが眉を潜めていた。
この男たちこそ、連邦軍の新型MS撃墜のために送り込まれてきた、歴戦の勇士たちである。
「連中、まだわかってねぇようだな」
「仕方ないだろう。大尉の持ち帰られたデータがなければ、オレも信じられんからな」
「あのMS−06Uがまったく歯の立たん相手だ。正直、やれる自信はない」
「ヒートサーベルだけでは……無理かもしれんな」
マッシュとオルテガの弱気な発言を聞いたガイアが、一足早く階段を下り始める。
整備兵たちが階段を叩く靴の音に雑談をやめ、三人の方へと顔を向けた。
「た、大尉……」
作業の手を止めて三人を待つ作業員たちに見せつけるように、ガイアは目の前のドムを見上げた。
彼の後から下りてきたマッシュとオルテガの二人も、ガイアの言葉を待っていた。
「整備は出来たのか」
ガイアの厳しい表情を見て、整備兵たちがゴクリと唾を飲み込んだ。
その中で主任らしきリーダー格の男が、何とか声を振り絞る。
「い、いえ。何分、初めての機体でして。もうしばらく、かかるものと」
その言い分に、ガイアはまぶたを閉じた。
「いいだろう。もうしばらく、待てばよいのだな」
「は、はい。一時間後には必ず」
「よかろう。マッシュ、オルテガ、聞いての通りだ。訓練は一時間半後に開始する」
「了解」
マッシュとオルテガの二人が敬礼姿勢で答え、ガイアは閉じていたまぶたを開いた。
そして、黒光りする新しい機体を頼もしげに見上げた。
「連邦の白い奴を倒すには、正面から対抗しても無駄だ。物量もさることながら、遊撃戦を繰り返すべきなのだ」
サスペンションを専門にしている整備兵が作業を再開し、ガイアは主任格の男の名を呼んだ。
名前を呼ばれた兵士が、すぐさまガイアの前で敬礼する。
「貴様は、このMSをどう考えている」
「ハッ。ジオン本国より送り込まれた、高機動戦闘用MSかと」
「建前は要らぬ。使い物になるかと聞いているのだ」
「忌憚ない意見を述べさせていただけば、用途が理解できません。携帯火器が一種だけというのは……」
そこで言葉を濁した兵士に、ガイアは頷いてみせた。
「不安だろう」
「はい」
我が意を得たりと、兵士がほっとした表情で相槌を打つ。
しかし、次のガイアの言葉は、兵士とは逆の見解だった。
「だがな、あのロンメル将軍でさえ苦戦を強いられたのだ。地上戦は、宇宙戦とはまったくの別物だ」
「で、ですが、ロンメル将軍の苦戦は、MS投入が遅れたことが原因かと思われます」
「確かに、マゼラトップのみで戦局を持ち堪えた将軍にMSがあれば、戦局をより有利に展開出来ただろう」
ガイアの言葉に、マッシュとオルテガは部屋へ戻ろうとしていた足を止めた。
彼らのリーダー格であるガイアが一般兵士に語りかけることなど、今までは皆無だった。
その彼が語っていることに、二人は興味を覚えたのである。
「しかし、地上戦を経験してわかったことは、所詮、地上でものをいうのは機動力だということだ」
「機動力……ですか」
「精密な長距離砲撃と、俊敏な機動力による白兵戦。その二つが、地上を制する鍵となるのだ」
ガイアは確信を持っていた。
通常の三倍の機動力を持つと言われているシャア・アズナブル専用機ですら、連邦の白いMSには通じない。
連邦軍のV作戦によって製作されたMSの特徴は、長距離支援砲撃用MSと、白兵戦用のMS。
そしてそれこそが、地上での戦局を有利に展開する鍵となるのだと。
「郷に入りては郷に従え。地上戦は、やはり連邦軍に学ぶべきなのだ」
そこまで言って、ガイアは足を止めていた二人へ向き直った。
マッシュとオルテガも、彼の視線に促されたように新たな愛機となるべき機体を見上げる。
「このドムのホバリング機能を使えば、より精密な長距離砲撃が行える。そして、連携のとれた白兵戦もな」
「オレたちにかかりゃ、連邦の白い奴なんて、すぐにスクラップにしてやるさ」
「油断する必要はない。だが、いかに連邦の白いMSが高性能であろうと、その攻撃をかわす機動力。
そして連携のとれた近接戦闘が行えれば、いかにニュータイプがパイロットであろうと、必ず撃破できる。
それが、戦闘というものだ」
ガイアの言葉に、オルテガが口端を上げる。
整備を終えた兵士たちが、ぞろぞろと三人の周囲に集まりだしていた。
「ガイア大尉、整備が完了いたしました」
「うむ。では、予定より早いが乗り込むとしよう。マッシュ、オルテガ」
「オゥ」
初めて触れる機体にもかかわらず、三人は素早く搭乗を終えた。
MS特有の機動音が鳴り、ドムが静かに前進を開始する。
その様子は、ザクとは違い、静かで滑らかな動きだった。
「システム、オールグリーン。マッシュ、オルテガ、お前たちはどうだ?」
『オーラィ。いつでもいけるぜ』
『こっちもだ。思ってた以上に、スムーズに動きやがるぜ、コイツはよぉ』
二人の報告を聞いて、ガイアの表情がわずかに緩む。
「このレスポンスがあれば、予定のフォーメーションもさほど難しくあるまい」
『いつでもいけるぜ』
『そうだな。慣らしを終えたなら、すぐにでも訓練に入れそうだぜ』
慎重に感触を確かめながら、三人は機体を基地の外へと運んでいく。
ホバリング機能によって、ザクよりももっと滑らかに、そして静かに移動することが可能となっていた。
「フォーメーションの訓練を開始する。三対一が最も効率のよい多対一の戦闘方法であることを忘れるな」
『了解』
「散開パターンA」
ガイアの指示で、マッシュとオルテガの二人が左右に機体を開く。
『スゲーぜ。ザクなんかよりもずっと綺麗に位置がとれる』
「想像以上だな。では、次。密集フォーメーションC」
斜め一列に並び、それぞれが別々の位置にヒートサーベルを構える。
「砲撃フォーメーションM」
MSをその場で停止させ、スコープの中の模擬目標を確認する。
今回は三機ともが攻撃目標を統一させているため、ディスプレイには同じ標的がマークされる。
「せっかくの機体を傷つけるわけにもいかんが、使い物にならなければ意味がない。マッシュは後方から撃て」
『オーラィ』
『オレはどうすりゃいいんだ』
「オルテガは私とともに白兵戦に移る。マッシュは後方支援の後、我々に続け」
『目標、α−1』
「いくぞ」
マッシュが動きを止め、反動に備える。
左右から挟み撃つように、オルテガとガイアの二人が螺旋軌道を描いて目標へと疾走する。
『ファイア』
二人のちょうど真ん中をすり抜けるようにして、砲弾が目標へ向かって飛んでいく。
『反動が処理できねぇ』
「低反動砲に持ち替えろ」
『オーラィ』
破壊された目標の上を走り抜け、前衛の二人が次の目標へと移動する。
『お次は低反動砲だ』
「撃て」
『ファイア』
目標の上方を、マッシュの放った砲弾が通り過ぎていく。
『微調整がなってねぇな。もうちっと直線距離で伸びそうだぜ』
「重力の計算がズレているのか」
『らしいな。計測しなおしだ、こりゃ』
「オルテガ、討ちもらすなよ」
『オッシャ!』
ガイアが目標の脇をすり抜けた直後に、オルテガのヒートサーベルが目標を破壊した。
そのときには、二人のすぐ背後にマッシュが移動してきている。
「夕食後は夜間訓練を開始する。レーダーの微調整もかねてな」
『イマイチだね、こりゃ。データの取り直しか』
『それまで、木馬と遭遇しなければいいが』
「木馬の探索はシャアに任せておけばよい。我々はいかなる時でも出撃できるよう、準備しておけばよい」
『それに、ジェットストリームもさらに精度を高めなくちゃな』
『面倒だが、しょうがねぇな。連邦の奴は量産がきかねぇんだ。一機でもしとめればこっちのもんよ』
「その通り。戦局は一つの部隊でひっくり返される。ジオンの教訓を生かさねばならんのだ」
『帰投しますか』
「では、カマイタチFにて帰投する。訓練の一環と思え」
『オーラィ』
黒い三機の機体が、直線一列に並びながら、基地へ向けて疾走する。
たびたび行われる前列の交代は、妖怪・鎌鼬の動きによく似ていた。
「白兵戦に持ち込めば、あの長距離支援砲MSは無視できよう。白兵戦こそ、ジオンの魂なのだ」
『基地が見えてきたぜ』
「散開! せいぜいホバリングのデータをとってやれ」
『了解』
滑らかな回避行動を披露しながら帰投した三機のMSに送られたのは、整備兵の賞賛の声だった。
<了>