24069番リクエスト for 宮内碧依様

諦めない


 球筋が安定しない。

 どうすればいいのか、わからなくなってしまう時だってある。

 それでも、残された道がこれしかないのなら、この道を進むしかない。

 

 また、球筋が浮いた。

 浮き上がったと言うよりも、抜けた球ッスね。

「どうして……」

 ボールを投げない日は、徹底的に走り込んでる。

 サブマリン投法に必要なのは、強力な足腰。

 オーバースローやスリークォーターよりも、もっと全身を使って投げなければならない。

 肘や肩にかかる負担も、今までよりもずっと大きい。

 だから、故障する確率もぐっと高くなる。

 そのためにも、体全体の筋力としなやかさは必須だってわかってる。

「何で、上手くいかないんスか……」

 今、猿野君たちは遠征の真っ最中。

 残された連中は、ただひたすらに練習するしかない。

 グラウンドで練習している皆とは少し離れて、一人で壁当てを続けている。

「空はこんなに青いのに、風は、こんなに暖かいのに」

 昔、そんな主題歌のアニメがあったッスね。

 スパイクはもうボロボロだ。また、買い替えないと。

 つま先の部分から甲の部分にかけて、随分とひどく破れてしまったッス。

「なのに、まだ……」

 もういい。

 今日くらい、休んでもいいッス。

 空を見上げて、空に聞いてみよう。

 何で、投げれないんスかって。

 

 

「子津、何やってんの?」

「……空を見てるッス」

「空? 雨でも降るのかよ」

 グラウンドも休憩に入ったみたいッスね。

 水飲み場の方がにぎやかッス。

「子津さぁ、何で投手にこだわるんだよ」

「意地ッスね。それに、監督にもらったチャンス、無駄にしたくないんスよ」

「そんなもんかなぁ」

 今日は、もう走るだけにしよう。

 リリースポイントを一定させるのは、また次の日。

 夏の予選じゃなく、三年間のうちに雄軍に入れるように、今は頑張る。

 

「お、帰ってきたみたいだぜ」

「あぁ、猿野君たちッスね」

 遠征用のバスが見えた。

 雄軍の練習が、今から始まるみたいスね。

「また、天国の奴、特守受けるんだろうな」

「そうッスね。最近はエラーも減ったみたいスけど」

「天国に負けるのって、ヤなんだよ。あんなヤローに負けて野球部去るなんて、絶対にな」

 思わず、顔を見合わせて笑った。

 お騒がせな人達だけど、彼等の中に入って野球が出来たら、どんなに楽しいだろう。

 目の前にある。その場所が。

 負けられないッスね。

「テメェ、最後、絶対にイカサマだろ!」

「騙される方が悪い……プッ」

 もめてる、もめてる。

 犬飼君必殺の、細目噴き出し笑いが炸裂してるみたいッスね。

「金返せ!」

「天国の兄ちゃん、借金残ってるんじゃ……」

 絶対に、あの中に加わってやるッスよ。

 楽しそうな、あの輪の中に。

 

「行こうぜ、子津」

「そうッスね。いつか、あの中に」

「せいぜい汗かこうぜ。汗かいた分、向こうに近付ける気がするしな」

 そうッスね。

 まずは汗かいて、体いじめて、何かをつかむ。

「さて、やってやるッスよ!」

「だな」

 まずは走る。

 走って走って、走って走って。

 やればやるだけ、あの輪の中に近付けるなら。

「絶対にヤローのツッコミやってやるんだ」

「はは……それも楽しそうッスね」

「あのバカのそばにいりゃ、絶対面白いぜ。おまけに野球も出来る」

 そう、想いは単純でいい。

 不安なんてない。

 あの中にいくこと。

 そのためなら、この汗も涙も辛さも、怖くない。

 

 


「よくやってるじゃねぇか。賊軍の連中も」

 独特の不精ひげを撫でながら、眼光鋭く男が呟いた。

 その呟きを隣で聞いていた女子生徒が、嬉しそうに笑った。

「みなさん、必死なんですよ」

「いい心構えだ。そうじゃなきゃ、強くはなれねぇ」

 満足げに頷いて、男はベンチの端に置いてあったスパイクを手に取った。

「これは、子津のか?」

「そうみたいですね。靴紐がちぎれるなんて……」

 女子生徒の言うように、そのスパイクは甲の部分の靴紐が完全に千切れていた。

 プロの世界ではカバーがついているのだが、高校生ではそのようなカバーはつけない。

「いい感じだな。あいつ、どこで投げ込んでるんだ?」

「裏の方で、壁を相手に。マウンドは綺麗に掃除してあります」

「跡を見てみたかったが……」

「じゃあ、私が片付けるふりをして、残しておきましょうか?」

「あぁ、そうしてくれ。ここまで泥が靴に入りこんでるんだ。何か原因があるんだろう」

 男はそう言うと、スパイクを元の場所へと戻した。

 女子生徒のいれたお茶を一気に飲み干すと、そのままの勢いでベンチを立ち上がった。

「子津の奴、足洗ってんだろうな。スパイクが臭う」

「さ、さぁ……」

 返事が出来ないでいる女子生徒を笑って、男はグラウンドへと足を踏み入れた。

「集合だ! 賊軍の連中も、一旦集まれ!」

 男の声に、グラウンドから威勢のいい返事が返ってくる。

 夏の予選まであと少し。

 太陽は、まだ最高の輝きを見せる時を待っている。

 

<了>


後書き

 キリ番リクエスト第九弾でございます。
 Mr.Fullswingより、子津君を中心に書かせていただきました。

 Mr.Fullswingを簡単に紹介させてもらいます。

 週刊少年JUMPにて好評連載中の、野球マンガです。
 JUMPならではの圧倒的なノリツッコミとギャグのテンポという、JUMP王道を受け継いでいます。
 野球マンガでは久しぶりの、ギャグテイストがふんだんに取り入れられた作品。

 掲載誌の影響か、巷ではやおい作品も多く出回っています。
 ですがそれも、それなりに男気のあるキャラクターだからこそ出来るもの。
 野球マンガはそれぞれのキャラクターをしっかり作らないと、似たようなキャラがたくさんいることになります。
 その辺はクリアーしていると言ってもいいでしょう。

 ただ、惜しいのは野球の面白さに欠けるところ。
 キャラクターは面白いし、数も揃っているのですが、いかんせん野球として面白くない。

 「あぶさん」を代表とする水島作品、「タッチ」を代表とするあだち作品。
 それらに比べてしまうと、やはりいい意味でも悪い意味でもJUMP作品だと実感させられます。

 ライバル校設定も単純で、展開に困ったから出てくる新しいチーム。
 男性コミックによくある強さのインフレも、これからどう調整していくのかが気になるところ。
 でも、純粋にマンガとしては充分面白いと思います。

 今回は「泥臭さ」がテーマだったんですが、変化球気味に投げてみました。

 主人公は泥臭い部分があるキャラクターなのですが、どうもキャラクター自体がギャグっぽい。
 作品中でシリアスな場面が少ないこともあって、あえて主人公は外しました。

 文章で作品のテンポに近いギャグをやらかすには、まだまだ未熟者です。
 ギャグ展開には弱点があるだけに、まだまだ精進していかなければなりません。
 ギャグを書けと言われて書けるようにならなければ、目指すところへは到達できませんから。

 最後に、リクエストして下さった宮内碧依様に、感謝の意を表し、終わらせて頂きます。