たまには普通(9000番)リクエスト  for すぴーどはなじろー様

赤報隊隊士


「克、邪魔するぜ」

 中にいる津南の返事を聞く前に、左之助は津南の家に上がり込んだ。

 津南のほうも半ば諦めているのか、それに関して文句をつける様子もない。

「珍しいな。何かあったのか?」

「んにゃ。近く寄ったんでよ。たまには顔見てやるかってな」

「本当にそれだけのようだな」

 手ぶらでやって来た左之助を見て、津南はそう言って机から離れた。

「水くんねぇか?」

「わかった」

 水瓶から水を汲んでやると、そのまま左之助に湯呑で手渡す。

 その水を美味しそうに飲み干して、左之助は大きく息をついた。

「助かったぜ。ちょうど喉が渇いてたんでな」

「水を飲みに来たのか、お前は」

 無表情とも言える津南の表情に、左之助はニヤッと笑った。

「ま、ちっとわけありでな」

「……聞いた方がいいらしいな」

 津南にとって、数少ない友人がこの左之助である。

 何かと型破りな親友ではあるが、津南にとってはそのどれもが当たり前のことになっている。

「あぁ。ちっと大陸の方へ行くことになったんでな」

「大陸? 何かやらかしたのか?」

 突然の発言にも驚くことなく、津南がそう尋ねた。

 そんな津南に、左之助は口の片端を上げた。

「まぁ、故郷でな」

「信州で何かあったのか」

「まぁ、腐った豚を一匹半殺しにしちまったのよ」

「まったく……それで国外逃亡か」

「そんなとこだな。別れぐらい、告げてった方がいいと思ってよ」

「お前にしちゃ、大した進歩だ」

 興味がなさそうな口調の中にも、左之助は特に気にすることなく二杯目の水を要求した。

 何も言わずに求めに応じた津南は、左之助に湯呑を渡したその足で、襖を開けた。

「……いつかはこんな時が来るとは思ってたんだがな」

「おい、炸裂弾はもういいぜ」

 以前、護身用と称して渡された炸裂弾の威力を身をもって体験している左之助は、そう言って手を横に振った。

 その仕草にその鉄火面をわずかに動かし、津南は巾着袋を取り出した。

「あの時は役に立っただろうが」

「そりゃそうだけどよ。今回は危ねぇわけじゃねーよ」

「今回もお前に必要なものだ」

 そう言って投げ渡された巾着袋は、ずっしりとした重みを左之助の掌に与えた。

 怪訝に思って中を確認する左之助に、津南はどっかりと腰を下ろした。

「当座の金だ。どうせ、準備してないんだろ」

「おい、克……金塊じゃねぇのか?」

「当たり前だ。大陸に日本の金が通用すると思っていたのか?」

「いや、そうじゃねぇけどよ」

 驚いている左之助から視線をはずし、津南は自分の湯呑に酒を注いだ。

 視線を伏せて湯呑を一気に空けると、津南は静かに言葉を紡いだ。

「死ぬなよ」

「えらく突然だな」

「お前が思っているほど、大陸は甘くない」

「まぁ、俺もすんなりいくとは思ってないぜ。ただ、行ってみてぇ」

「お前らしいな。心配せずとも、お前ならやれるさ。そいつは、俺からの餞別代りだ」

 そう言うと、津南は酒瓶を左之助の方へ突き出した。

「こいつで別れるとしよう」

「……世話になったな」

「お互い様だ」

 湯呑に溢れんばかりの酒を注ぎあい、二人は軽く湯呑をあわせた。

「行ってくるぜ」

「俺も、隊長の無念を晴らしてやるさ」

 飲み干した湯呑を置いて、左之助が立ち上がる。

 その手にしっかりと握られた巾着袋に視線をやって、津南もゆっくりと立ち上がった。

「元気でな」

「妙に宜しく言っておいてくれや。会えそうにないんでな」

 左之助にしては珍しく、言いにくそうな口調でそう言うと、津南は肩を竦めてみせた。

「お前のツケはお前で払えよ」

「そこを払うのが親友ってもんだろ」

「馬鹿言うな。出世払いってことで勘弁してもらえ」

「そうするか」

 くだらない会話を終えて、左之助がニッと笑う。

 その笑顔に応えるように、津南も口の右端を上げた。

 ぎこちないその微笑は、津南にとって精一杯の笑顔だった。

「……克、無理すんなよ」

「お互い様だ。せめて会っていったらどうだ?」

 少しの間沈黙が流れ、その沈黙に耐え切れなかった左之助が笑い出す。

 その笑い声を受けて、津南も静かに相合を崩した。

「んじゃ、行くわ」

「あぁ」

 拳と拳を突き合わせて、お互いにニッと笑いあう。

 そして、津南は左之助に背を向ける。

 それきり口を閉ざしたまま、左之助の足音が遠ざかって行くのを、土間に立ち尽くしたままで聞いていた。

 足音が完全に聞こえなくなると、津南は勢いよく家の障子を閉じた。

「……縁があるさ、きっとな」

 津南はそう呟くと、湯呑を土棚の奥へしまい込んだ。

 次に使う時は、再会の祝杯をあげる時だと心に決めて。

 

<了>