「人生70%が丁度いい」誕生一周年記念

柔道で恋愛なんて


 柔道を始めたきっかけは単純なもの。

 授業であったから。

 

「別所、お前、いい動きしてるな」

 

 体育教師のこの言葉で、私は柔道を始めたことになるんだろう。

 それまでも、スポーツは好きだった。

 でもそれは、ランニング程度の話。

 

 柔道はやってみると楽しかった。

 何と言っても、相手に向かっていくあの瞬間。

 これは、他のスポーツにはない快感を与えてくれた。

 

 走る時とは違う、独特の昂揚感。

 テニスをする時とは違う、戦う意識。

 一瞬の隙が命取りになる、ソフトボールとは別の緊張感。

 張り詰めた糸の上を歩いているかのように、恐怖と緊張と昂揚。

 その全てを、柔道は兼ね備えていた。

 

「別所……覚えておきなさいよ」

 

 初めてもらった賞状。

 その時に対戦した、松原さんのこの言葉。

 絶対に忘れない。

 他人にこんな関係で認められたの、初めてだったから。

 

 ライバル。

 本当はそんな関係じゃないかも知れないけど。

 少なくとも、私を標的にしてくれた。

 彼女がいなかったら、私はあれほど意地にならなかったと思う。

 

「別所さん、強いじゃん」

 

 海老塚さんは本当にいい人。

 初めての柔道からできた友達。

 来留間さんや近藤さん。

 近藤さんには最初、ちょっとジェラシー感じちゃったけど、今はいい思い出。

 

 そう、粉川さんに想いを寄せて、すぐさま乗り換えちゃった。

 でも、そのおかげで、みんなと知り合えて友達になれた。

 柔道をしていれば必ず会える、柔道をする楽しみの一つとなってくれた遠くの友達。

 今も本当に感謝してる。

 

 薩川さんにも。

 松原さんの後輩で、松原さんの全てを託された人。

 そして、春、私に悔しい思いをさせてくれた人。

 あれほど勝ちたいと思った試合もなかった。

 

「別所は楽しんで柔道をしています」

 

 少し違うよ、薩川さん。

 楽しんで柔道をしてるんじゃなくて、柔道をしてると楽しいことが沢山あるだけ。

 それは、別のスポーツをしててもそう。

 でも、一対一の勝負だから、柔道は深く知り合える。

 これが、私とかつての貴方との違い。

 勝利の為ではなく、楽しいことをもっとしていたいから勝ちたいだけ。

 そう思ったら、なかなか負けられない。

 

「一緒に東京、行けたらいいね!」

 

 結局、応援に行きました。

 我慢しきれない。

 だって、県大会ですら我慢できない私が、全国大会を我慢できる筈がないですもん。

 

 県大会のあと、何回も手紙出しましたね。

 それで、結局、家まで行って……御弟妹にも会いましたね。

 いい姉さんになれるかな、なんて。気が早いですね。

 

 斎藤さん。

 どこに惚れたのかな。

 粉川さんのような派手さはないけど、その柔道は凄い。

 技術と気力を兼ね備えた柔道。

 器用な柔道で、大きな人にも負けない。

 いくつもの技を持ち、付け入る隙を与えない試合運び。

 

「別所さんと斎藤君、柔道似てるよね」

 

 そんなことないよ、海老塚さん。

 私の柔道は、キレとタイミングの柔道。

 とても体格の違いすぎる相手には勝てない。

 斎藤さんのように、技術で体重をカバーできる柔道じゃない。

 

 

「赤、赤磐高校、別所さん」

「白、三保女子高校、薩川さん」

 

 呼ばれた。

 夏のインターハイ県大会決勝。

 最後のインターハイは、譲れない。

 

「今年も勝ちます」

「今年は勝ちます」

 

 赤畳に向かう前に、交わす言葉。

 不思議と、同じセリフを囁き合っていた。

 

「先輩、見てて下さい」

 

 松原さん、来てたんだ。

 そう言えば、地元の大学に進んだとか。

 この間、福岡の体重別でベスト十六に入ってた。

 あの、48kg級で。

 

「別所さん、落ち着いてね!」

「別所さん、ファイト!」

「別所さん……」

 

 海老塚さん。今年も私が決勝に残りました。貴方を倒して。

 近藤さん、応援、ありがとうございます。

 

 斎藤さん。

 私と付き合ってくれてる、私の彼氏。

 柔道してるのに、恋愛もしてる。

 なんて贅沢な高校生活なんだろう。

 

 斎藤さんはインターハイ出場を決めている。

 今度こそ、私は勝ちます。

 貴方の隣にいれる、相応しい私になるために。

 

「はじめ!」

「はいッ」

「イヤーッ」

 

 ……私は、負けない!

 

<了>

 


後書き

 一周年記念のリクエスト作品。
 「帯をギュッとね!」から、最後のインターハイ決勝に望む直前の別所さんです。

 

 「帯をギュッとね!」

 これがなければ、峻祐は柔道をしていなかったかも知れない作品です。
 柔道マンガと言えばそれまでですが、少なくとも柔道をしている人で峻祐と同年代の人は必ず読んだことがあるでしょう。

 それほどまでにメジャーな柔道マンガ。
 その理由の一つとしては、作者が柔道をしていたということですね。

 別にこれを読んで柔道をしたくなったのではなく、体育の授業からです。
 中学時代の柔道で、巴投げで野球部の奴からポイントを取れたのがきっかけですね、峻祐の場合。

 その快感が忘れられず、高校時代に友人のいた柔道部に参加。
 言ってしまえば、トーヨーリファール君がいなければ、峻祐は柔道してませんでしたね。
 そしてもちろん、今のように黒帯取ってたり、骨折しまくってたりもしないでしょう。
 ついでに言うと、レントゲン写真三桁突破は、柔道のせいではありませんが(笑)

 作品としては本当にシンプルなんですが、やっぱり柔道のシーンが気になって、何度も読み返してしまう。
 こんな風に身体が動けばいいのにと、思った人が何人いるか。

 

 柔道について思うことはたくさんありますが、別所さんに言ってもらいました。

 緊張感と恐怖と昂揚は、峻祐の場合は水泳の大会でも受けましたが、柔道は凄い。
 一瞬で負けたくない気持ちから生まれるあの緊張は、将棋では得られません。
 野球の打席で受ける緊張とも違う、独特の緊張感。
 水泳の時に受ける孤独感とは違い、後ろに仲間がいるという安心感。

 柔道はやってよかった。
 本気でそう思います。

 

 最後に、リクエストをしてくださった、「トーヨーリファール」様に感謝の意を表し、終わらせていただきます。