死役(4289番)リクエスト for トーヨーリファール様
君を覚ゆる 花一つ
「……久しぶりだな」
栃木『歴史村』。
緒方って、ひねくれ者に振り回された思い出の場所。
俺は、一通の手紙でここに来た。
<来ないか? 待ってる 勇>
時候の挨拶も何もない、素っ気無い手紙だったが、微笑ましかった。
ちょうど仕事もなく、香ちゃんもロケで海外へ。
暇な俺は、こうして栃木までやって来たのだ。
「どう言う風の吹き回しだか」
とりあえず駅を出て、待ち合わせ場所まで歩く。
ここには一度来たことがあるだけだが、それでも一度も来ないよりはずっと土地鑑がある。
「志摩!」
その声に振り返ると、勇がいた。
「おぅ」
「本当に来たんだな」
「当たり前だろ」
「仕事、暇なんだな」
……その通りだ。
「一人か?」
「あぁ。香ちゃんは仕事。CM撮りだってよ」
「そうか」
勇は少しだけ考える仕草を見せて、すぐに顔を上げた。
「バスが出る。三番線だ」
「あれか」
見れば、少し古い形のバスが、発車時刻を待っていた。
てっきり勇の家に向かうものだと思っていたが、違っていた。
山の中に入り、勇は一つの墓の前で足を止めた。
「バァチャン、連れて来た。志摩さんだ」
「鈴さんの……一周忌か」
俺の言葉に軽く微笑みを見せて、勇がしゃがんだ。
墓は既に誰か来ていたのか、綺麗に掃除されていて、俺たちは手を合わせることしか出来ない。
「勇、お前、この為に?」
「世話になったし、バァチャンも会いたいだろうし……おれも会いたかったし」
段々と消え入りそうに早口になった勇の頭を撫でる。
当然振り払われ、睨んでくる勇へ微笑みを返して、俺は墓前にしゃがんだ。
「ゆっくり寝ろよ、鈴」
「……志摩、ありがとう」
「気にすんな。本当、あの時は間に合って良かったぜ」
「そうだな」
その日は勇の所に泊まることにして、俺たちはバスで来た道を歩き始めた。
「バスもないのか」
「夕方までない」
「田舎だな」
「都会じゃ歩かないのか?」
「歩く。ひたすら歩く。でもな、結構電車で移動できるんだ」
「そうなのか。一度行ってみたいな」
「来いよ。今日のお礼に、泊めてやるぜ?」
「……考えておく」
言ってから気付いたけど、勇って女だな。
また、香ちゃんに何を言われるか。
APPとかにバレないだろうな。
「ありがとう、志摩」
「ん?」
「いや、バァチャンに会いに来てくれて」
「あぁ。気にするな。それに、暇だったしな。お前の顔も気になったし」
「え?」
「少しは女らしくなったかなってな」
見る見るうちに勇の顔が赤くなる。
一年は大きい。
誰も勇を男とは見間違えないだろう。
「……おれ、まだ似合わない」
似合わない?
「緒方作品なんて、まだまだ似合わないよ」
例の花嫁衣裳か。
確かに、あれは見事な作品だった。
「気にすんな。まだ早いってことは、いずれ追いつくってことだろ」
「そうか?」
「こうして隣歩いてるだけでも、大した進歩だよ」
勇の家が見えて来た。
結局、お通夜で顔だけ出したんだ。
「それじゃ、一晩世話になるかな」
「あぁ。おれ、料理してやるよ」
「できんのか?」
「似合うように努力してんだ」
そう言って笑う勇は、何処から見ても女だ。
そりゃ、口調はまだまだがさつだけどな。
天壌無窮
君を覚ゆる
鈴の衣裳が内掛けられているのを見て、俺は微笑んだ。
「鈴、緒方、この衣裳、きっと無駄にはならないだろうぜ」
そう、きっと。
勇が綺麗に着こなすだろう。
その日まで、ゆっくり眠れ、緒方作品。
<了>
後書き
キリバンリクエスト第二弾でございます。
よろず屋東海道本舗より、志摩と勇を書かせて戴きました。
よろず屋東海道本舗を簡単に紹介させていただきます。
花とゆめCOMICSで、冴凪 亮さん初のコミックスです。
現在も好評続刊中ですので、女性に限らず、男性がよんでも面白い少女コミックとして期待大です。
主人公・志摩と色々な二重人格者達の掛け合いや、脇キャラの個性。
何よりも、志摩が自分の信念を持って事件に挑んでいくという、珍しいタイプの漫画です。
今回は、峻祐が所持している巻数の中で、志摩関連で最も好きな話を元ネタに書きました。
何が好きって、勇がいいんですよ。
簡単に内容に触れると、大きく二つ。
緒方と鈴は勇の祖父と祖母で、緒方は鈴を未婚の母とさせてしまいます。
鈴に花嫁衣裳を送ろうとした矢先に、事故で死んでしまうのです。
その花嫁衣裳を探し出し、死の間際の鈴に見せて、原作は終了します。
その経緯が面白いのですけどね。
そして、最後まで勇を男と勘違いしていた志摩が、最後に一言。
「花嫁衣裳の似合う女になってみな」
……いいですねぇ。
男としても女としても、峻祐なら、この一言で参るでしょう(笑)
最後に、リクエストして下さった、「トーヨーリファール」様に、感謝の意を表し、終わらせて頂きます。