大化の改新(645番)リクエスト  for るさましはかた様

五感の記憶


 

「……いらっしゃい」

「オヤジ、黒龍」

「姉ちゃん、黒龍は一見さんには出せねぇんだ。勘弁してくれや」

「ダリス……」

 オヤジの言葉に、腰に遠目から見ても分かる剣を指した女剣士は、そう呟いた。

「……ダリスさんの知り合いかい? だったら、黒龍を出さないわけにはいかないな」

 オヤジの目は、女剣士の腰の剣に向けられていた。その剣は、ダリスと呼ばれる男が常に帯びている
物と寸分の狂いもなく、そして、同じように光り輝いていた。

 黒龍をグラス一杯に注いだオヤジは、女剣士の前に置いた。

「姉ちゃん、名前は?」

「マリー」

 素っ気無く答えたマリーは、グラスの半分ほどを煽った。

 理由もなく旅をする羽目になって半年、マリーは旅の仲間に勧められた黒龍を愛飲するようになっていた。

「なんだかわかんないんだけどね、コイツを飲んでると、妙に落ち着くんだよ」

 誰に語り掛けるともなくそう言ったマリーの相手をやめて、オヤジはカウンターの奥へ戻った。
 どこかに違和感を覚えさせるこの女剣士は、オヤジの出したツマミには手も付けず、ただ黒龍を煽り続けた。

 

 

 マリーがその店に入って、ゆっくりと二杯目の黒龍を飲み干した頃、再び剣士が店に姿を表した。

「旦那、いらっしゃい」

 オヤジの少し媚びるような視線を手で払い、剣士は女剣士の隣に腰を下ろした。

「黒龍」

「へい」

 既に黒龍のボトルはマリーの前に置かれていた為、オヤジは店の奥のクーラーへと降りて行った。

 その間に、男はマリーに話し掛けた。

「旅か?」

「アテのない旅さ」

「俺の名前を知ってるのか?」

「知らない。あたしはここで”ダリス”と呟けば、黒龍が飲めるって聞いて来たんだ」

 マリーの言葉に苦笑して、ダリスはマリーの差し出した、残り少ないグラスを手に取った。

「この店は俺がヤクザな連中を叩きだして、それで俺を特別扱いするのさ。俺もヤクザなのにな」

「自分で自分をヤクザと言うヤツには二人いる。ヤクザを誇るか、自分を知っているかだ」

「……いい酒だ」

 解答を誤魔化すようにグラスを飲み干して返したダリスは、ようやくマリーの帯びている剣に目を向けた。

「その剣は?」

「あたしの相棒だよ。いい剣だろ?」

「あぁ……いい剣だ。切れ味も落ちずに、そして何より、幸運を与えてくれる」

「売らないよ。この剣はあたしだけの剣なんだ」

「知ってるよ。俺も俺だけの剣を持っている」

 そう言ってダリスが取り出したのは、マリーの剣と寸分違わぬ物だった。

「……へぇ、珍しいもんだね。同じ酒場に同じ剣があるなんて」

「この剣も俺だけの剣さ。妙に手に馴染むんだ」

「あたしのもだよ。まるで吸い付くように剣があたしの手の中にいるんだ」

「あんたもか。―――オヤジ、ツマミは?」

「へい。何に致します?」

 黒龍をダリスの前に置いたオヤジが、揉み手をしながら聞き返すと、ダリスはマリーに尋ねた。

「お前さん、何が食べたい?」

「そうだね……コイツにあうツマミは生の魚かな」

「……奇遇だな。俺も同じ思いだよ。オヤジ、刺身」

「へい」

 マリーの目が光る。

 刺身を出されたダリスに、マリーは自分より先に食べるように言った。

「いいのか? んじゃ、遠慮なく」

 実に上手そうに食べるダリスを見て、マリーは少し微笑んだ。

「本当に刺身で黒龍を飲むのが、あたし以外にもいたんだ」

「ん? 黒龍には刺身か豆腐だ」

「ふッ、同感だな」

 

 

 マリーとダリスが意気投合し始めた頃、店の中が騒然となりだした。

「……うるさいねぇ」

「まったくだ」

 二人が同時に背後を振り返ると、どっから見てもタチの悪い人相をした三人組が得物を手に、中に入って
来たところだった。

「いやがったぜ!」

 三人組の一人が、ダリスの方を指した。

「知り合いかい?」

「あぁ。この間叩き出した連中だ」

 グラスに残っていた黒龍を煽って、ダリスは外を指した。

「店に迷惑がかかる。外でやろう」

「その必要はねぇ! 一発で終わらしてやるよッ」

 得物を振りかざした男の突撃をかわして、ダリスは三人に背を向けて外へと飛び出した。
 当然男達は追わざるを得ず、ダリスを含めた四人が外へと飛び出した。

「手伝うか」

 マリーはそう呟くと、男達を追って外へ出た。

 外へ出ると、剣すら抜いていないダリスを、三人が等間隔で囲んでいた。

「剣ぐらい抜きなよ」

 まるで世間話でもしているように、マリーがダリスに話し掛けた。

「酒が入ってるんだ。手加減しないと、本気で殺してしまう」

「剣士だろ。殺しても構わないんじゃないのか?」

「無益な殺生は嫌いだ」

「……そうだな」

 マリーはそう答えると、悠然と三人の脇を抜けて、ダリスの隣に立った。呆気にとられた三人は、そのまま
マリーをも標的に定めて、静かにスキを狙い始めた。

 自分の隣に来たマリーから薫ってくる香りに、ダリスは頬を弛めた。

「いい匂いだ」

「この香水は、あたしが気付いたら付けてたんだ。いい香りだろう?」

「あぁ。俺の好きな香りだ」

 二人の目は緩く開かれていたが、それだけで男達の動きは見切られていた。

 ダリスがゆっくりとした動作で剣を抜く。それに対応するように、スラリとマリーの剣が抜かれた。

「いい気付けになった」

「まずは一人ずつ。残りはそのとき」

「了解」

 ダリスの言葉が風に流れる。月の光に照らされた抜き身が、月の弧を描く。上弦と下弦、二つの月が同時に
地面へと降り注いだ。

「ひぇッ」

「逃げるなよ」
「逃げるな」

 二人の声が重なり、同時に二人の拳が残った男に二つの星を与えた。

「……出直して来いや」

「修行しなおしてきな」

 そう言って二人は三つの男を残し、酒場へと戻って行った。

 

 

 翌朝、マリーは同じベッドに寝ていたダリスの寝顔を見つめた。

 昨夜のような猛々しさはなく、慈愛に満ちた表情だった。

 マリーの顔がかぶさり、ほどかれていたマリーの髪がダリスの顔の上をはく。
 目を覚ましたダリスは、寝ぼけた動作でマリーの首を抱いた。

「朝か?」

「朝」

「すまないな。旅の途中で」

「かまわないさ。ここまで自分の感覚と似た奴には、そう会えないからな」

 ダリスが目を細め、軽く口付けをする。

 不思議と、マリーに嫌悪感はなかった。

「不思議だね。アンタとだと、違和感がないよ」

「俺も思った……多分、縁があるんだろうな」

「生まれ変わったら、また会いたいね」

「同感だ。今度は夫婦として生きてるのかもな」

「いい夫婦になれそうだよ」

 そう言いながら、二人はベッドの別々の方向に下りた。それぞれの剣を手に取り、同じように素振り、
腰に収める。奇しくも左右対称な二人の動作は、長年連れ添ったかのように息が合っていた。

 マントを羽織り宿を出るマリーに、ダリスが声をかける。

「縁があったら、また会おう」

「そうだな……その時まで、コイツは預けておくよ」

 そう言ってダリスに投げ渡された物は、マリー愛用の香水。

 そしてそれは、かつてダリスがマリーに送った物だった。

 

<了>


後書き

 キリ番リクエスト、第一弾でございます。
 ティルズ・オブ・ディスティニーより、マリーとダリスの夫婦を描かせて頂きました。

 実は、峻祐はこのゲームをクリアしておりません。
 と、言うよりも、最近めっきりと攻略スピードが落ちてきて、クリア出来るのはいつになるやら…。

 その中で、この夫婦の設定は惹かれるものがありました。
 攻略本からイメージを掴んでますので、ややゲームをなさった方から見れば細部の設定が違っているかも知れません。
 その辺は御勘弁下さい。

 ここでゲーム紹介をさせて頂きます。(元ネタとして言える程やりこんでいませんので、ここだけで紹介させて頂きます)

 ティルズ・オブ・ディスティニーは、スーパーファミコンで大ヒットとなった、ティルズ・オブ・ファンタジアの続編です。
 ストーリー上のつながりはありませんが、トライ・アースの方々のハイレベルな制作センス、そしてクオリティーの高さがあります。
 世界感は前作とはやや違う感もありますが、このゲームはのめりこむだけの深さがあります。

 マリーとダリスの関係は、戦乱の様相を呈した時に結婚した二人が、村の自警団に入団。
 が、その村が攻められたとき、リーダーのダリスは自らの投降と引き換えに、団員の命乞いをします。
 自分も投降すると言ってきかないマリーの記憶を封じ、ダリスは単身投降します。
 そして、彼らの放浪の日々が始まるのですが……終わり方は悲しいです。

 気を取り直して、このゲームの戦闘の魅力は、なんといってもコンボです(笑)
 そして、技を絶叫するキャラクター!!
 格闘ゲームの要素も取り入れつつ、峻祐のようなキャンセル未だ未完全のゲーマーも楽しめます。


 最後に、リクエストして下さった、「るさましはかた」様に、感謝の意を表し、終わらせて頂きます。