++ 無用 ++ 久しぶりに柔らかいベッドで眠ったからだろうか。 目覚し時計が鳴っている。 俺がいつものようにベッドの上に置いてある目覚し時計に手を伸ばすと、 円筒状の外形に、半透明のボディ。 「あぁ……カバンから出してたのか」 この記録機は、いつもならば俺のカバンの中に潜んでいる筈だった。 普段は滅多に御目にかかることのない記録機に、俺は思わず記録機の 『アーノルド=ノイマンへ お前がこの通信を聞いているということは、少なくとも私とお前が違う艦に だが、決して私を探そうとはしないで欲しい。 私がお前にこの通信を遺した理由は、お前ならばわかってくれると思う。 お前との出会いは忘れもしない。 しかし、お前は私を勇気付けてくれた。 お前の細やかな気遣いができる部分と少々強引な部分が、私には心地好かった。 勘違いするなよ。 ん、話を元に戻す。 とにかく、私はお前のことが好きだった。 だから、言わずにはいられない。 ずっと私を愛してくれとは言わない。 死してなお縛るつもりはないつもりだったが、縛りたいのかもしれんな。 何と言って伝えたらよいのかは……わからない。 つまらない感傷かもしれない。 ナタル=バジルールは、アーノルド=ノイマン、お前のことを愛している。 お前の武運を祈っている。 ……言わなきゃダメか? アーニィ、愛してる。 俺の記憶よりも幾分か若いナタルの胸部画像と、ナタルの肉声に近い音声が流れ始めた。 「……結局、見つけられたもんな」 最後の最後にポッドで脱出したらしい彼女は、幸運にも救助された。 『何故お前が……』 『もちろん、俺が貴方の引き取り人だからで、貴方の直属の部下だからです』 荷物を持ったまま呆然としているナタルの手から荷物を奪い取って、俺は 『おまけに、こんなもの送られてきたら』 そう言って俺が記録機を見せると、ナタルの顔が一瞬にして紅く染まった。 『無事でよかった』 『……ノイマン、痛い』 『痛みぐらい耐えて下さい。少なくとも、俺は痛くない』 『ノイマンッ』 俺の腕の中でもがく彼女の体が、俺の体のいろんな場所に当たる。 『すみません、俺……』 涙が止まらなかった。 『もういい。私とて気持ちは同じだ。やはり、同じ艦にいるべきだな、私達は』
戦役が終わってしばらくは、ナタルの決心も行動で示されていた。 「トール、貴様、何をやっている!」 「うわっ、母さん?」 「貴様、あれほど朝食の時には着替えるようにと言っていただろうが!」 「な、何で帰って来てんだよ」 「明日から基地勤務だ。昨日付で休暇を与えられている。その前に、さっさと 扉の向こうから、懐かしい怒声と慌しい足音が聞こえてくる。 そうか、明日からはナタルも基地勤務らしい。 「まったく、要らぬところまで元の名前の持ち主に似てきたな」 愚痴を言いながら、ナタルが俺達の寝室の扉を開いた。 「おかえり」 「ただいま、アーニィ」 少しホッとしたような彼女の視線が、俺の手の中で止まった。 「貴様、その手にあるものはなんだッ」 「うわっ」 フライングボディアタックを食らって、俺の手から記録機がこぼれた。 「いいところに来た。マーニャ、それを拾いなさい!」 「え……はい」 幼年学校へ昨年度入学したばかりのマレーナが、ナタルの声を聞いて寝室へとやって来たらしい。 「マーニャ、記録してあるものを消しなさい!」 「あ、消すなよ!」 「えっ? あ、あの……」 両親に全く反対のことを言われて、マレーナが戸惑っているのがわかる。 「お、何やってんの?」 マレーナが戸惑っているのを見たのか、ナタルが俺の体の上から離れる。 「父さん、これ……」 「トールでもいい。中身を消すんだ!」 かつて俺達下士官を叱りつけていたままの剣幕で叫んだナタルにも怯むことなく、トールが微笑んだ。 「そんなに言われるなら……再生しよ」 律儀にも最初へと巻き戻していたため、最初から記録が再生される。 「……若い」 「これ、母様だ」 内容よりもナタルのかつての映像に気を取られているトールの手から、 「お前達、母さんに挨拶したのか?」 俺の言葉に、マレーナがナタルに駆け寄ってキスをする。 「母さん、美人だったんだね」 「可愛いと言うよりは美人だったな」 「僕だったら、可愛い方を選ぶけどね」 「美人の見せる、一瞬の可愛さがいいんだ」 「アーノルド!」 マレーナを小脇に抱え、ナタルが顔を真っ赤にして怒っている。 「アーノルド、トール、こちらを向け!」 「トール、学校に遅れるぞ」 「そうだね、父さん」 そのまま寝室を出て行こうとしたが……できなかった。 「アーノルド、トール……覚悟は、できているのだろうな」 「マ、マーニャ、早くしないと学校遅れるぞ」 「う、うん」 マレーナに手を引かれる格好で、トールが何とか脱出していく。 寝室に隔離された俺は、記録機を手にナタルへ向かざるを得なかった。 「……これだけは消さないからな」 「わかっている。だが、子供達の前では見るな。私の前でも見ないでくれ」 困った時のナタルの癖。少しはにかんだ表情が見えた。 「俺は明日から一ヶ月間、基地勤務だ。君は?」 「基地の副司令として着任することになった。これからは家も守れる」 「俺の配属転換は通らないってのに……入り婿には厳しいな」 「いや、お前にも辞令が出る。基地の守備艦隊への着任辞令がな」 ナタルの言葉は、俺にとって寝耳に水だった。 「父様も歳だからな。我が家系で一番の戦功を立てているのはアーノルド、 「前戦役の生き残り、それからも最前線での艦隊勤務。よく生き残ったな」 「当然だ。私が選んだ男なのだからな」 そう言われると、少し照れくさいな。 「一応、艦長という話らしいぞ。もちろん、万能型機動戦艦だ」 「例の新型かな。動かしてみたいが……」 「無理だろう。艦長の忙しさは、並ではないからな。動かせるとなれば、本当 「艦長の柄じゃないな。昇進するというのも、考えものだ」 昔の同僚には怒られるかもしれないが、階級が上がればそれだけ実戦か 「だが、逃げてもらっては困る。私の夫として、バジルール家を支えてもらわ 「ナタルを手に入れた代償か」 「……私では、代償の方が高すぎるか?」 ナタルの少し寂しげな表情。 「まさか。安過ぎるさ。ただ、もうこんな記録が飛び交うようになっても困るが」 そう言って、手の中の記録機を持ち上げて見せる。 「……そうだな。常にともにありたいものだ」 俺達二人の願いは、軍人として間違っているのかもしれない。 <了> |
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