++ 酔 ++ 「地面から離れては生きられない……か」 目前に広がる夜の海を向いて、ナタル=バジルールは静かに呟いた。 「しかし、尊い犠牲もあった。我々は生き残らねばならんな」 つい数時間前に行われた儀式の炎が、まるで今も燃えているかのように 「散歩ですか」 「ノイマン少尉か。今は休憩時間なのだな」 足音の主が頼りにしている部下と判り、ナタルはわずかに表情を緩めた。 「えぇ。トール君とサイ君が詰めてます」 「下士官は誰が詰めているのだ?」 「トノムラが。まぁ、アイツも下戸ですからね」 ノイマンの口にした”下戸”という言葉に、ナタルの頬が紅潮する。 「笑うな」 ノイマンの微笑に、ナタルは必要以上に大きな声でそれを制した。 「もう帰られるのですか」 「あぁ。さすがにそろそろ艦長を止めないといけないからな」 「少佐が止めて下さいますよ」 そう言いながら、ノイマンが彼女の隣に並ぶ。 「フラガ少佐が酔ったラミアス艦長を制止すると思うか?」 「少なくとも、俺なら制止しません」 「ならば、私が止めるしかあるまい」 AAでは、戦勝を祝った地酒が三本ほど運び込まれていた。 「……少尉。今、自分ならと言わなかったか?」 更に艦の方へ数歩進んだ状態で、ナタルが小首をかしげる。 「えぇ、言いました」 「貴様、何を考えている?」 「俺なら酔った貴方を止めるような真似はしない。貴方がストレスを完全に そこまで言うと、ノイマンの手がナタルの軍帽へとのびた。 「もう少し、海を見たくはありませんか?」 唐突な質問に、ナタルは眉をしかめてノイマンの肩越しに見える夜の海へと視線を投げた。 「貴重な休憩時間を無駄にするつもりはない」 「俺も、貴重な休憩時間を他人の色恋沙汰で浪費したくありません」 「……まるで自分の色恋沙汰なら費やしても良いといった感じだな」 「いけませんか?」 彼女の軍帽を自分の背中に隠すようにして、ノイマンが上官の顔を覗く。 「その軍帽を返してくれるのなら、少しくらいは付き合ってやる」 彼女なりの精一杯の譲歩なのか。 「嫌です。俺が付き合って欲しいのは、ナタルという女性なんですから」 「軍帽ぐらいは返してくれても良いだろう」 ナタルののばした腕をひねって避け、ノイマンがそのままゆっくりと岩場の方へと歩き出す。その後ろを追わざるを得なくなったナタルは、やや小走り気味に彼の背中を追いかけた。 「どうぞ」 「……私は今、ストレスを感じているのだがな」 「俺を癒すという言い訳は成り立ちませんか?」 「……上官の務めか?」 それには答えず、ノイマンは黙って彼女に示した隣の位置へ腰を下ろした。 「背中を預けてくれるんですね」 「……貴様の背後に対する索敵の為だ」 「貴方らしい」 ”ここまで求めておきながら”と思いつつ、ナタルは背中に当たるノイマンの腕を感じていた。 「……誰からも守ってください」 不意に呟かれた言葉に、ナタルはほんの僅かだけ、指先で服だけをつまむようにしてノイマンの腕をつかんだ。 「お前が望まなくともな」 月明かりに浮かび上がる二人の影が、夜の海に映り続けていた。 <了> |
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