++ 言えないお礼 ++ 「えい」 突然発せられたフラガの能天気な声に、ブリッジに居た全員の視線が、 「……フラガ少佐」 いつもならば即座にフラガに罵声を浴びせるAA副官は、今は食事中だ。 「うりうり」 まるで子供のようなセリフを口にしながら、フラガは伸ばした指先でくるくると円を描いた。 「フラガ少佐、何をなさっているのですか」 いつも笑顔を絶やさないラミアスの口許が、見るからに怒りを湛えている。 「フラガ少佐ッ」 ついには耐え兼ねたラミアスが声を荒げた。 「あれは怒るよな……」 「そりゃ、怒るだろ。”えい”と”うりうり”だぞ」 トノムラとノイマンがそう囁きあっている間にも、フラガは構わずに指をまわし続けている。 「あんまり眉間に皺を寄せるなよ。もう歳なんだからさ」 ラミアスの女神のような表情が、ゆっくりと般若の顔付きへと変わっていく。 「少佐、何を仰っているのかわかってますか」 袖を引っ張られても、フラガは一向に悪びれる様子もない。 「艦長が皺だらけの爺さんよりは、若い美人艦長が良いだろうが」 「それはそうですが……今のはちょっと」 「いただけないか」 「えぇ、まぁ」 上官であるフラガにはそうきつく言えないのか、ノイマンもそれほどはっきりとは言わない。 「マリュー、あんまり眉間に皺を寄せるなよ。皺になっちまうだろうが」 「余計な御世話です。どうせ私は、もう二十歳をとっくに超えてますから」 先程の怒りはまだ消えていないのか、ラミアスの言葉は刺々しかった。 「何ですか、貴方は」 「何って……やっぱ、好きな女は綺麗なままのほうが良いでしょうが」 「貴方って人は、何を考えてるんですかッ」 ラミアスの言葉を聞くまでもなく、ブリッジのクルーはそう思っていた。 「眉間に皺寄らせて頑張るより、もっと肩の力抜いていこう。疲れるだろう」 「性分ですから。貴方のように上手く力の入れ具合を操作できないんです」 「だったら訓練、訓練。ほら、やってみようぜ。まず、眉間に皺を寄せない。 力の入れ具合と顔の筋肉と、一体何の関係があるのだろうという言葉は、ノイマンの喉の奥に消えた。 「……フラガ少佐のそれって、お肌の手入れみたい」 「と言うか、そのままって感じ」 フラガの後方でミリアリアとクルーの一人が小声で言葉を交わす。 「嬢ちゃんの手本にならなきゃ。忙しくっても、女を忘れちゃいけないだろ」 フラガの突然の展開に、一つ遅れてミリアリアが素っ頓狂な声で反応する。 「えぇっ」 図らずもその声でブリッジの注目を集めてしまったミリアリアは、顔を真っ赤にして俯いた。 「お話はわかりました。ですが、いきなりあんなことをされては……」 「そうでもしなきゃ、聞き入れてくれないだろ」 フラガの指摘に、思わずラミアスが言葉に詰まる。 「わかりました。これからは気をつけます」 「素直で良いね。これがバジルール中尉だと、思いっきり怒られそうだ」 「……私がどうかしたのか」 出ていってから、約十分。 「なに、暇が出来たら海にでも行きたいねって話さ」 「暇が出来ればな。積極的な休暇も時には必要だ」 珍しく、バジルールがフラガの意見に賛成する。 「お、珍しく話が合うね。飯、済んだのかい」 「はい。まだ整理しなければならない書類がありますから」 「程々にしろよ。目を酷使すると視力にくるし、肌にも悪いぜ」 「やらねばならんのだ。自分の肌など、大きな問題ではない」 迷うことなくそう答えたバジルールに、フラガの口許が笑う。 「ノイマン、お前さんはどう思う」 「……肌の件はともかく、超過勤務による視力の低下は軍人にあるまじき 「お、上手く逃げたな」 無表情を貫くノイマンを軽く小突き、フラガがCCIから下りた。 「とにかく、あまり無茶するなよ。俺で済むことなら俺にまわせ」 「えぇ、次からはそうします。でも、フラガ少佐でも目は疲れるでしょう」 「お前さんの皺が一つ消えると思えば、何でもない。男の皺は勲章だからな」 「じゃあ、女の皺は何だと言うの」 意地悪く聞き返したラミアスの言葉にはすぐに答えず、フラガはブリッジの入り口まで歩いた。 「さぁね。ただ、疲れたエンジェルってのは御利益なさそうだろ」 そう言って笑顔を見せて、フラガがブリッジの入り口の自動扉の前に立つ。 「……ミリィ、昼食に行きましょうか」 「はい。トール、行こう」 「あ、うん」 ラミアスが艦長席を下りる。 「ノイマン少尉、先に休憩に入ってもいいですか」 「あぁ、気にするな」 「じゃ、失礼します」 入り口の所でフラガを見送ったままだったバジルール中尉の敬礼を受け、 「トール君、やっぱり女の子は綺麗なほうがいいのかしら」 「僕は、元気がないと心配になりますけど」 「艦長、気になるんですか」 ミリアリアの質問に、ラミアスは少し苦笑した。 「そうね。やっぱり、好きな人の言葉って気になるでしょ」 「そうですね。私もトールに言われてダイエットしたことありますもん」 ミリアリアの答えに何かを思い出したのか、トールが小さく笑った。 「私ももう少し若かったら、素直に”はい”と言えたのかしらね」 英雄や王子様に憧れていたのはいつの頃だったのかしらと自問しながら、 <了> |
||