甘い,軽やかな匂いがする.
小さな小さな蕾が花開く.
――梅の花が咲きました.
いつも見ている,線路脇のまだまだ若い梅の木です.
冬の寒さに耐えて今,咲き誇ろうとしています.
桜の花は,まだ咲きませんか?
もう逢わないと言ったときの,息の白さ,街灯の明るさを憶えていますか?
君は,冬の夜の寒さに震える私に,ホットココアを買ってくれたね.
缶を手渡すときの,君の微かな震えを私は見ていたよ.
誰も居ない公園のブランコを漕いで,必ず追いかけると言ってくれた.
たった一つの歳の差が,こうゆうときに切なくさせるから.
首に巻いたマフラーに顔をうずめて,私は君の鳴らすブランコの音を聞いていたよ.
私の大学で再会しようなんて,かっこつけないで.
年が明けてから三回,小さな小さな雪が降りましたね.
君は空を見上げましたか? それとも机にかじりついていましたか?
無理をしていないか,体を壊していないか,心配です.
がむしゃらにがんばりすぎて,足元が見えなくなる癖に気づいていますか?
大学に試験を受けに来る君を探したけれど,君の微かな気配しか見つけられなくて.
君の方が大変なのに,私の方が泣きたくなる.
今,どうしていますか?
ポケットの中に忍ばせている小さな箱を鳴らせば,きっと君と繋がるだろうに.
君と逢うのは,桜の咲く頃に.
大時計のある校舎の下で.
寒風にコートの合わせをしっかり閉じて,それでも線路脇にひっそりと植えられている梅の木に春の訪れを感じる.
梅の花が咲きました.いつも,君を見ていました.
一つ年下で,少し意地っ張りなところのある君を.
――桜の花は,まだ咲きませんか?
特急列車と二台の普通列車が目の前を横切って,私は風に舞う髪を押さえる.
なかなか開かないと学生の間で評判の,踏み切りのレバーが上がる.
君の春は,やってきましたか?
線路の向こう,人ごみの中,懐かしい笑顔を見つけて.
花開く,その瞬間を捕まえて.
私はもう,何も聞かなくていいことを知った.
企画は終了しました.
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