侯爵令嬢Rの死亡フラグを折るため奔走する男の悲劇、もしくは喜劇

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  喜劇3 親以上に過保護で過干渉  

 授業終了後、ライリーは仲のいい友人たちと雑談してから、教室を出た。はしたないことと分かっているが、絶世の美少女リーディアのうわさ話で盛り上がった。リーディアは南の地方出身で、両親はテンス教が禁止されていたときからのテンス教徒らしい。
 ライリーは、校内の図書館で読書を楽しむ。エルマーの影響で、ライリーは本を読むのが好きだった。家に帰ろうと、図書館を出て校門を目指す。
 校門のそばでは、いくつもの馬車が子どもたちを待っている。うちのひとつは、ライリーの家のもの、……ではなかった。
(またエルマーの悪いくせが出た)
 ライリーはため息を吐いた。ライリーの家の馬車はなく、エルマーの持つ大きな立派な馬車がある。仕立てのよい服を着たエルマーが、あたりを見回している。
 エルマーはライリーの学校生活を心配して、学校まで迎えに来るのだ。最近はお迎えはなかったのに、彼の心配病は再発したらしい。エルマーはライリーに気づくと、ほっとして駆け寄ってきた。
「ライリー、君が無事でうれしいよ。今日は学校で何があった? 誰かに嫌なことをされていないか?」
 エルマーはライリーの背中を押して、強引に馬車の方へ連れていく。危ない学校から安全な家に帰ろうという算段だ。
「無事に決まっているでしょう? 授業を受けて友だちとおしゃべりして図書館で本を読んで、――どこに危ない要素があるの?」
 ライリーはあきれる。
「嫌なこともされていないし、友だちもいるし、学校は楽しいわ」
 ライリーは踏ん張った。エルマーの思いどおりに動くのは嫌だ。馬車に乗り、彼とともに家に帰るつもりだが。
「そうか、よかった」
 エルマーは安心したように笑った。けれど、やはりライリーの背中を押してくる。
「今日は誰と何を話した? 授業は何だった? 先生は誰だった? 図書館では何の本を読んだ? 普段とちがう、何か変わったことはなかったか?」
 エルマーの声には、不安がにじみ出ていた。
「あなたは私のお母様かお父様なの? 両親でさえ、ここまで過保護で過干渉じゃないわ」
 ライリーはへきえきした。エルマーは、ライリーが学校で浮気すると疑っているのか。ならばライリーは、もう少し素直になった方が……、
「僕は君の弟だったときはあるが、父親だったときはない」
「はぁあ?」
 ライリーは大口を開けて、聞き返した。振り返ると、エルマーはまじめな顔をしている。ライリーはぶすっとして、口を曲げた。
「あなたと私の年齢を考えると、兄妹ではないかしら?」
 論点がずれているが、ライリーは不機嫌に言う。
「お姉様。あなたが僕を忘れても、僕はあなたを忘れない」
 エルマーは悲しげにライリーを見た。しかし火に油を注いでいるとしか思えない。ライリーは切れた。昨日、部屋に軟禁された恨みもあり、怒りは限界に達した。
「お兄ちゃんなんて知らない! 私は歩いて家に帰る」
 歩いて帰宅できる距離ではない、と分かっている。けれどライリーは、馬車に背を向けて歩きだした。
「待ってくれ。ならば僕と一緒に歩こう」
 エルマーの声が追いすがる。すると、くすくすと笑う女性の声が聞こえた。ライリーは驚いて、振り返る。下校途中のリーディアが、楽しそうに笑っていた。
 あ、とライリーは身をすくめた。きっとエルマーも、リーディアに見とれる。ライリーは不安になって、エルマーを見た。そして予想外の表情に、びっくりした。
 エルマーは親のかたきを見るように、リーディアをにらみつけていた。リーディアも彼の表情に気づいて、顔をこわばらせる。
「ごめんなさい。あなたがた兄妹の仲がよくて、ほほ笑ましくて、つい笑ったのです」
 リーディアは身を小さくして謝罪する。
「侮辱するつもりはありませんでした。信じてください」
 ライリーはリーディアに同情した。それにこんな少女を 威嚇 いかく していては、エルマーの評判にかかわる。ここはライリーが、エルマーのために動くべきだろう。
「いいのよ。こちらこそ、ごめんなさい」
 ライリーは愛想笑いを浮かべ、リーディアに近づこうとした。ところがエルマーの背中にはばまれる。
「二度とライリーに近づくな」
 エルマーは低い怒った声で、リーディアに言いわたした。リーディアはとまどっている。ライリーは、ぽかんと口を開けた。いつものことながら、エルマーの行動が理解できない。リーディアは困ったようにほほ笑んだ。
「私はリーディアと申します。あなたとも、そこの彼女とも初対面です。失礼ですが、あなたは私を、別の方とかんちがいしているようです」
 リーディアは小首をかしげて、エルマーを見上げる。かわいらしく、誰もが好きにならずにいられない顔だった。
「あなたのお名前を教えてくれませんか」
 甘い声で問いかける。ライリーは胸がどきどきした。ちがう、不安で胸が苦しくなった。怖い。リーディアにエルマーを取られる。
「嫌!」
 ライリーは力いっぱい、エルマーの背中にしがみついた。エルマーが驚いたように、体をびくっと動かす。
「彼の名前はエルマー・シュヴァルツ。私の婚約者よ。私たちは結婚するの!」
 ライリーは心からさけんだ。泣いてしまいそうなほど、正直な気持ちだった。リーディアは目を丸くして、それからエルマーの顔を見上げた。ライリーにはエルマーの顔は見えない。けれど彼は、ほうけているように思えた。リーディアは、あきらめたようにほほ笑む。
「素敵な婚約者ね。私もあなたに負けないくらい、いい男を捕まえる」
 リーディアはさっぱりとした笑顔で言って、手を振っていなくなった。危機は去ったらしい。ライリーはほっとして、体から力を抜いた。エルマーの背中を離す。
 が、嫌な予感がする。エルマーが無言だ。これは、よからぬことを考えている。エルマーはライリーの方を振り返り、笑った。
「結婚しよう」
「絶対に嫌!」
 反射的にライリーはさけぶ。こんなわけの分からない男と結婚したくない。
「思いだした。今ごろクンツ陛下から君のご両親に、結婚するよう命令が下されているはずだ」
 エルマーは、こともなげに言う。
「なぜそこに国王陛下が出てくるの?」
 ライリーはぎょっとした。クンツの命令では、ライリーとフォーゲル家にほとんど拒否権はない。エルマーはこの国で、とんでもない権力を持っている。
「しかしやはり僕の方から、君のご両親に結婚の許可をもらおう」
 エルマーはまじめに言う。しかし彼の言う許可とは、たいてい脅迫だ。エルマーはなぜか、ライリーの家のことにくわしい。ライリーは顔を引きつらせて、エルマーから一歩下がった。
「次はアウィス神殿に行って、クンツ陛下にもごあいさつに、……いや、それらの前に、僕の両親に話さなくてはならない」
 エルマーはライリーの背後にまわり、背中を押していく。結婚に興味がなかったくせに! ライリーは事態の急変についていけない。混乱した頭のまま、馬車に乗せられた。
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