侯爵令嬢Rの死亡フラグを折るため奔走する男の悲劇、もしくは喜劇

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  悲劇1 生と死の繰り返し  

 黒づくめの騎士の男、――エルマーはつらそうな顔で、自分の主人であるひとりの少女を見ていた。少女の名は、ライリー・フォーゲル。十七才で、侯爵家の令嬢だ。明るい金の長い髪を持ち、瞳はこれまた明るい海の色。
 しかし今、ライリーは青ざめた顔でソファーに座っている。エルマーは、彼女の後ろに立っていた。今すぐ彼女を連れて、ここから逃げ出したい。逃げることなど不可能だけれど。エルマーは黙って、静かに耐えていた。
(唯一無二なるアウィス神よ、教えてください。私は何度、彼女を失えばいいのですか?)
 ここは国王オーラフの住む城の中だ。ライリーはひとり、この城に呼び出された。しばらくすると、部屋の扉が開いた。ラルス王子が、ふたりの侍従と四人の騎士とともに部屋に入ってきた。
 ラルスは十八才の青年で、赤みがかった金髪をしている。彼の登場に、ライリーは驚いて身じろぎする。エルマーは、ライリーを追い詰めた王子をにらみつけた。
「最後に、あなたに会えるとは思いませんでした」
 ライリーの声は、怒りなのか悲しみなのか震えていた。
「私も残念だ。君は私のよい婚約者だった」
 ラルスは尊大な態度で答える。ライリーの体が屈辱に震えるのを、エルマーは見た。
 ライリーとラルスは、五年前から婚約していた。政略的なものだったが、少なくともライリーはラルスを愛していた。最初は、ライリーが十六才になれば結婚する約束だった。しかし約束は何度も先延ばしにされて、ついには踏みにじられた。
「だが、これも時代の流れだ。私は、平民でテンス教徒のリーディアと結婚する。王都には、テンス教の教会がたつだろう」
 ラルスは言う。オーラフ国王は、国の根幹である貴族制度と国教のアウィス教を捨てるつもりだ。それも、わが子のわがままを聞くために。エルマーの手が震える。自制しないと、腰の剣を抜いてラルスに切りかかってしまいそうだ。
(この軽薄な王子は、美しい少女リーディアと王立学校で出会い、ライリー様を捨てた)
 王立学校は本来、貴族の男子しか入学を許されない。しかし今は、平民でも女性でも学校に通える。そのせいで学校は、恋のばか騒ぎの場になっているという。
 ライリーは学校内でラルスに振り回されて、リーディアと何度も対決した。ライリーは嫉妬に苦しみ、自制心を失っていった。ライリーの友人たちは、ライリーをいさめずに彼女をあおった。
「ライリー。長くアウィス教の守護者だったフォーゲル家には、つらい時代が来るだろう」
 ラルスの声には、じゃっかんの優しさが含まれていた。しかしそのあわれみは、エルマーとライリーの神経を逆なでするものだった。
「君とフォーゲル家には、国王暗殺未遂の容疑がかかっている。よって君に、名誉ある死を命じる」
 濡れ衣を着せられて殺される。予想していたことなので、エルマーもライリーも驚かなかった。ただ怒りだけが、エルマーの胸の中で吹き荒れた。ラルスさえ、リーディアさえいなければ……!
 侍従のひとりが、ライリーの前に進み出る。彼は、毒杯をのせた盆を持っていた。ライリーは気丈にも、それをにらみつける。けれど彼女の肩が震えている。エルマーはもう耐えられなかった。十七才の少女に自死などできるはずがない。
 けれどライリーは、あきらめたように力を抜き立ち上がった。そして唐突に、エルマーの方を振り返る。エルマーは驚く。ライリーはほほ笑み、泣いていた。
「私の忠実なる 黒の騎士 シュヴァルツ・リッター 、ずっとそばにいてくれたことを感謝します」
 エルマーはあわてて、ひざをついて頭を下げた。このような言葉をかけてもらうとは思っていなかった。
「顔を上げなさい。発言を許します」
 エルマーは顔を上げて、泣きそうになった。ライリーは自分の死を受け入れている。今回も彼女を守れなかった。
「何度でもあなたを探し出し、あなたのために生きます」
 エルマーは、しぼり出すようにしてしゃべった。言葉の意味を、ライリーは分からなかっただろう。彼女は悲しくほほ笑んだ。ライリーは今、エルマーの忠言を聞かなかったことを後悔しているのかもしれない。
 ライリーとエルマーは別れを惜しむように、見つめ合った。この一瞬が永遠になればいい。けれどライリーはエルマーに背中を向けると、毒杯を受け取った。
「アウィス神よ、おろかな私を受け入れてください。今、あなたのみもとへ参ります」
 彼女はつぶやいて、一気に飲みほした。ライリーの体が力を失い、床に崩れ落ちる。エルマーはこらえきれずライリーのもとへ駆け寄り、彼女の体を抱きしめた。
 エルマーの目から、涙がこぼれる。涙が、ライリーの安らかな死に顔を汚してしまう。それでもエルマーは、おいおいと泣きわめいた。誰もエルマーの行動を止めなかった。
「黒の騎士、君の話は聞いている。フォーゲル家ではなく、ライリー個人に仕えている騎士だと」
 ラルスの声は酷薄だった。しかしエルマーには、どうでもよかった。
「騎士の分をこえて、ライリーに私と距離を置くように何度も進言したそうだな。すぐさま婚約を、自分の方から破棄するようにも。――君は何者だ? 君には何が見えている」
 ラルスの声には、いくばくかの恐怖があった。王子に仕える騎士たちが、剣を抜く音も聞こえる。それでもエルマーは床に座り、泣き続けた。まだあたたかいライリーの体を抱きしめ続けた。生きあがくつもりはなかった。
「ライリーはアウィス神のみもとへ旅立った。君もそこへ行きたいだろう」
 残酷な王子の声とともに、エルマーは複数の剣によって殺された。自分の血がライリーを汚してしまうことだけがつらかった。

 最初、エルマーはライリーに飼われた小鳥だった。鳥かごに住んでいて、ライリーが世界のすべてだった。ライリーは、
「鳥はアウィス神の使者とも言うわ」
 と話し、エルマーをかわいがった。ある日、ライリーはいなくなった。エルマーは悲しんで死んだ。
 次にエルマーは、大きな黒色の犬だった。いつもライリーのそばにいて、王立学校にも一緒に行った。ある日エルマーは、ライリーを苦しめるリーディアをかみ殺した。
 ラルスは怒り狂い、エルマーを剣で切り殺した。悲鳴を上げて逃げ惑うライリーも殺した。無念だった。死んでも死にきれなかった。
 エルマーは再びよみがえり、初めて人間になった。楽器をたずさえて世界中を旅する吟遊詩人だった。エルマーはさまざまな国をめぐり、ライリーを見つけた。
 ライリーは、婚約者の浮気に悩んでいた。エルマーは、ラルスなど捨てて世界中を旅しようとライリーを誘った。エルマーは彼女に恋していた。
「素敵ね。あなたはまるで渡り鳥。私の心を異国へ連れていった」
 エルマーの歌にライリーはほほ笑んだ。けれどやはりライリーは、ラルスに殺された。エルマーは怒り、復讐のためラルスを殺そうとした。だが、王子を守る騎士たちに殺された。恋は何の役にも立たなかった。
 エルマーは今度は、ライリーの弟になった。フォーゲル侯爵家の嫡男だ。エルマーは今度こそ、ライリーを失いたくなかった。なので姉のライリーにも、父母の侯爵夫妻にもさまざまな忠告を与えた。
 しかしエルマーの言葉はいかされなかった。ライリーは殺されて、フォーゲル家は没落の一途をたどった。エルマーは無力感にさいなまれた。そんなエルマーを支えてくれたのは、王家傍流のクンツという男だった。クンツは賢く公平で、人格者でもあった。
(もしも彼が王位についていたら、この国はどうなっていたのだろう)
 エルマーは何度も思った。なぜならライリーの死後、王国は乱れた。原因はいろいろあった。そのひとつは、オーラフ国王が国教をアウィス教からテンス教に変えたことだった。
 アウィス教とテンス教の争いは、血を流すものまで発展した。エルマーはアウィス教徒として武器を持って戦い、テンス教徒たちに殺された。
 次にエルマーは、初めて女性になった。黒色の巻き毛を持つ貴族の令嬢だ。エルマーは王立学校で、ライリーと親友になった。ライリーはエルマーの忠告をよく聞いてくれた。
「あなたのいうとおりよ。ラルス殿下との婚約はやめるべきだわ。お父様に婚約の解消をお願いする」
 嫉妬に苦しみながらも、ライリーは決心した。エルマーは泣いて喜び、ライリーに永遠の友情を誓った。けれど幸福は長く続かなかった。
 ライリーの父母は、婚約を続けるようにライリーに言い渡したのだ。なのでエルマーとライリーは、ラルスに婚約の解消をせまった。それでも無理なら、国王に直訴するつもりだった。するとラルスは、
「女が意見するとは何ごとだ!? 学校に通えるようになっただけで、賢者ぶるな」
 と激怒し、エルマーとライリーはあっさり殺された。女は嫌だ。力がほしかった。
 神が願いを聞いてくれたのか、エルマーは男に産まれ、ライリーの騎士になった。日々、体をきたえ、剣の腕をみがいた。けれどもうエルマーは疲れていた。何度、ライリーを失えばいいのか。何度、同じ国の同じ時代を生きればいいのか。
 アウィス神が何を考えて、この繰り返しをさせているのか分からない。それともテンス教の神か、はたまたちがう神なのか。分からないまま、エルマーは生と死を繰り返す。ライリーを守りたい。それだけがすべてだ。
 そして今、エルマーは大きな商家の息子として生まれた。ライリーのために、また生きるのだ。
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