番外編(喧嘩の標し 健視点)


やっと一人きりになったリルカを捕まえた.
リルカは王女だ,いつも忙しく働きまわっている.
特に今は行軍中だから,リルカにはなかなか空きの時間がない.

無人の馬車の幌の中に連れ込んで,いったい何日ぶりなのだろう,口付けを交わす.
いつもいつも,心も体も俺だけのものにしたくて口付けを交わすのだけど……,

「今,何を考えていたの?」
ぼんやりとなんだか上の空なリルカに向かって,俺は聞いた.
「何って……,」
案の定,リルカは言いよどんだ.

どうせ,今後の行軍進路のこととか,新兵の訓練のこととかを考えていたんだろ?
「キスの間,まったく別のことを考えていただろ?」
リルカはうっと言葉に詰まった.
なんてわかりやすい反応なんだ…….
「リルカ,思っていることが顔に出過ぎ…….」
俺はため息を吐いた.

「行軍中だから,ぜんぜん二人っきりになれないし,」
まるで「私と仕事とどっちが大切なの!?」と夫を責める妻の気分だ.
「せっかく逢えたと思ったら,リルカは上の空だし」
貴重な二人きりの時間なのに,……リルカは本当に俺のことが好きなのかなぁ.

するとリルカはむっとした顔で,上目遣いにねめつけてきた.
口を軽く尖らせて,子供のように拗ねた顔.
本当は知っている,その甘えた顔は俺にしか見せていないだろ?
「リルカさぁ……,」
だから,彼女を逃がすつもりはない.
「頭の中が俺のことでいっぱいで,他に何も考えられなくなることってないの?」
細い両肩をしっかりと掴んで,力ずくでリルカを馬車の床の上に座らせる.

「俺はあるよ,」
リルカの目が「怖いよ.」と訴えている.
19歳のくせに,無垢というか純というかガキというか.
「……こうゆうとき.」
そのまま押し倒すと,リルカは小さく悲鳴を上げた.

いいかげん,このパターンには慣れてくれよ.
無言でじたばたと抵抗するリルカに向かって俺は囁いた.
「抵抗するなって!」
一瞬,リルカの動きが止まる.

その隙に首筋に口付けると,リルカの体がびくっと震える.
これは,……理性が保てなくなりそうだ.
さすがにこんな場所で事に及ぶつもりはないけど.

……けれど,標しはつけさせてもらう.
これは俺のものだって.
「……痛い!」
リルカが小さく叫んだ.

体を開放すると,リルカは不安そうな顔で見つめてくる.
これでもリルカとしては必死にがんばっているのだ.
俺はぷっと吹き出した.
「アリアには見られないようにしてね.」
リルカは乱れた服をさささっと直す.

意味を分かっているのかな? このお姫様は.
よしよしとリルカの頭を撫でながら,俺は思った.
まぁ,かわいいから,これでいいかぁ.
「リルカ,二つのことを同時に考えられないだろ?」
俺の腕の中で,リルカはこっくりとうなづく.
「……ということは,魔族が居なくなったら,俺のことだけを考えてくれるんだ?」

リルカがぎょっとした顔をする.
「さっさと魔王を倒さないとなぁ.」
一応,リルカに召喚された勇者だしな,俺.
「あ,そうだ! 約束,楽しみにしているから.」
……かなり本気で.
「あれはタケルが勝手に言っただけじゃない!?」
リルカが真っ赤な顔になって,反論する.

「ご褒美がある方が,がんばれるんだけど…….」
喜んで,笑ってくれるだけでいい,と言えばそうなんだけど,……できれば,その先も欲しかったりする.
すると俺の頭の中を覗きこんだのか,リルカの顔がますます赤くなる.
「リルカ,顔が赤いよ.」
俺のことが好きだろ?
まったく言ってくれないけど,その顔で分かるからいいさ.

「まぁ,そうゆうわけで.」
リルカの赤い頬にキスをして,俺は立ち上がった.

俺をこの世界に連れてきたからには,ちゃんと責任をとってよね,お姫様.

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