番外編(喧嘩の標し リルカ視点)


あれ?
私はなんだか不安になってきた.
タケル,怒っているの?

「今,何を考えていたの?」
怖い顔でタケルが問う.
「何って……,」
私は言いよどんだ.

聖都までの行軍は予定よりもだいぶ遅れていた.
糧食が足りなくなる可能性が出てきたので,

「キスの間,まったく別のことを考えていただろ?」
私はうっと言葉に詰まった.
なぜわかるのかしら,タケルには.
「リルカ,思っていることが顔に出過ぎ…….」
タケルは呆れたようにため息を吐いた.

いきなり無人の馬車の幌の中に連れ込まれて,口付けされて,責められる.
頭の中は軍隊のことで,まぁ,糧食のことでいっぱいで…….
キスの間中,恋人のことよりも食べ物のことを考えるなんて,……責められて当然かしら.

「行軍中だから,ぜんぜん二人っきりになれないし,」
不機嫌丸出しの声で,タケルが言う.
「せっかく逢えたと思ったら,リルカは上の空だし」
だって,糧食が足りなくなるかもしれないんだもん.
見苦しい言い訳を,私はついつい考える.

食べるものがなくなるのかもしれないのよ!
こんなところでいちゃいちゃしているよりも,城に糧食をさらに送ってくれとさっさと連絡したいのよ!
だいたい,タケルだっていっぱい食べるくせに…….

「リルカさぁ……,」
両肩を掴まれて,私は構える.
「頭の中が俺のことでいっぱいで,他に何も考えられなくなることってないの?」
力ずくで馬車の床の上に座らされる.

怖い……,タケル.
心臓がばくばくと鳴っている.
「俺はあるよ,」
振りほどけない強い力で抱きしめられる.
「……こうゆうとき.」
そのまま押し倒されそうになって,私は無言で抵抗した.

こんなところできゃーきゃー叫んで,人がやってきたら恥ずかしいどころの騒ぎではない.
押し倒されて,服を脱がされそうになって,私はそれでも無言で逃げようとした.
「抵抗するなって!」
男の声でささやかれて,ぞくっとする.

年下のくせに,年下のくせに〜〜〜!
どうしていつも,こんなにも強引なのよ!

首筋に口付けられて,無駄だと知りつつも必死にタケルの体を押しのけようとする.
こんなところでこんなことをして,周りから見られたらどうするつもりなの!?
すると唇の感触がどんどんと下の方へ移動してくる.

やだ……,本気で怖くなってきた.
すると鎖骨の下あたりを,
「……痛い!」
タケルに噛まれて,私は声を出した.

ふいに戒めが解ける.
タケルがぷっと吹き出して笑った.
「アリアには見られないようにしてね.」
何を?
私はとりあえず,乱れた服をさささっと直した.

するとタケルが今度はやさしく抱きしめてくる.
よしよしと私の頭を撫で,まるで子供扱いだ.
「リルカ,二つのことを同時に考えられないだろ?」
私はこっくりとうなづいた.
「……ということは,魔族が居なくなったら,俺のことだけを考えてくれるんだ?」

はい!?
「さっさと魔王を倒さないとなぁ.」
なんかすごく都合よく解釈してない!?
「あ,そうだ! 約束,楽しみにしているから.」
げっ.
私は約束してないわよ!
「あれはタケルが勝手に言っただけじゃない!?」

「ご褒美がある方が,がんばれるんだけど…….」
無邪気な顔で,でもタケルの言っていることはかなりとんでもない内容だ.
少しでも私が抵抗を止めたら,この子はすぐさま……,なんというか…….
「リルカ,顔が赤いよ.」
楽しげにタケルは言う.
……そんなの,あんたのせいに決まっているじゃない.

「まぁ,そうゆうわけで.」
軽く頬に口付けをして,タケルはさっさと馬車の中から出ていった.
相変わらず,やりたいことだけやって言いたいことだけ言って,タケルは去る.

後に残された私は大きくため息を吐いた.
……とりあえず,この赤い顔と胸の動悸を静めてから,仕事に戻らないとね.

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