番外編(幼馴染の憂慮)


見ちゃった…….
私は結構本気でショックを受けた.

……姫様とタケルのキスシーン.

私の名前はアリア・シンセリー.
19歳で,キスシーンに驚くほど初心でもなんでもない.

しかし,これはショックだった…….
私の姫様が,姫様が…….

「どうしたの? アリア.」
自分の剣を磨きながら,姫様は不思議そうな顔で首を傾げる.
「いえ,なんでも…….」
私は慌てて,言い濁した.
でも視線がどうしても姫様の唇の方へいってしまう.

タケルは,魔王に捕らわれた姫様を助けるために重症を負った.
やっと様態は安定してきたのだけど,一時期は本当に命も危ないくらいだった.

夜,仕事を終えた姫様は私の部屋で休む.
ラーラ王国の兵士たちに砦の部屋の身の回りのものをとられてからは,ずっとこうだ.
私としてはもちろん迷惑じゃないし,むしろ一緒に居られて嬉しいくらい.

剣を磨く姫様の左手の人差し指に,薄黄色の石のついた指輪がはまっている.
これは,タケルからのプレゼントだ.

「ゴールデンウイークに短期集中バイトをして買ったんだ.」
奴は赤い顔で照れながら言った.
「でも,指のサイズが分からなくてさぁ.」
異世界のムーンストーンという石らしい.
見え透いたことに,姫様の瞳の色に合わせたのだろう.

「姫様ぁ…….」
私が呼ぶと,「なぁに?」と姫様は振り向く.
「タケルなんかのどこがいいのですか?」
するとあっという間に,姫様の顔が赤くなる.

これだから……,
「別にタケルってハンサムでも何でもないし,」
タケルの奴が姫様から好かれていると調子に乗るのも当たり前だ.
「むしろ年下で,」
でもそのタケルが姫様を助けたのだ.

異世界からの訪問者.
勇者ワーデルの血を誰よりも濃くひく少年.
「……タケルは頼り甲斐がありますか?」
魔王と対等に戦うことのできる唯一の人間.

すると姫様は真っ赤な顔で小さく頷いた.
「あ,あのね,アリア,」
しどろもどろとしゃべりだす.
「アリアは戦場に出ないから分からないかもしれないけど,タケルは本当に強いのよ.」

「初陣のときから,どんな魔物にも負けなかったし,」
う〜ん,もしかして今,姫様ってばのろけている……?
嬉しそうに頬を染めて,どうしてこれで私と同じ年なのかしら.
「それに今回だって,タケルが助けてくれなかったら,私,」
「じゃ,その指輪はいつもらったのですか?」
最近いつもしていますよね? それを.

「ど,どうしてタケルからもらったって知っているの?」
姫様は本気で驚いたようだ.
……そりゃ,分かりますよ.
魔王が復活してから,まったくアクセサリー類をつけていなかった姫様がいつも指にはめているんだもの.
「タケルに聞いたんです.」
問い詰めたら,タケルはあっさりと白状した.

「……タケルが聖都に向かう前にくれたの.」
恥ずかしそうに姫様は言った.
「虫除けにもなるからって言って,」
そして姫様はくんくんと指輪の石を嗅ぐ.
「でもこの無臭の石に何の防虫効果があるのか,よく分からないのよね.」

うぅ,姫様…….
その台詞,本気ですか?
どうしてあなたはそんなにも世間知らずというか真面目というか.

なんだか,さっきから妙にタケルのことを二人で話しているけど,こうゆうことは実は珍しい.
姫様はすごくシャイだし,それに聞かなくても顔を見れば大体のことは分かってしまう.

「姫様ぁ……,」
この際だから,聞いてみようかしら.
「……タケルとどこまでいきましたか?」
ガシャーン…….
派手な音を立てて,姫様は磨いていた剣を落とした.

……やっぱり聞くんじゃなかった.
姫様は真っ赤な顔で,頭から蒸気が噴き出しそうな勢いだ.
「あ,あ,あの,あ,アリア……?」
まだキスどまりですよね?
ヤカンじゃないのだから,そんなにも動揺しないでくださいよ.
「その,あの……,」
正直,心配なんです.
姫様はこんなんだし,タケルはあんなんだしで.

「私はまだ結婚している身だから……,」
もじもじと姫様は俯く.
……でも,キスしていましたよね.
今日の昼間,タケルの病室で.

去年までは「タケルは弟みたいなもの.」だの「リルカみたいな年増は好みじゃない.」だの言っていたくせに,いつのまにか,この二人はしっくりと恋人同士になっていた.
そりゃ,二人が想いあっているのは,ばればれだったけど…….

タケルかぁ…….
悪い子じゃないけど,いかんせん奴は手が早い.
姫様のことを好いている,大切にしているのはいいんだけど,なんせ17歳の少年らしく相当にスケベだ.

姫様,分かっているのかなぁ…….
タケルのそばがどれだけ危険なのか.
「あまりタケルに対して,甘い顔をしないでくださいね.」
かなり調子に乗っていますよ,タケルは.
「う,うん,分かった.」
姫様は赤い顔をして頷く.

本当に分かったのかしら……?
姫様は落としてしまった剣を拾う.
そしてほてった頬を静めようと,頬をぺちぺちと叩く.
……ものすごく不安だ.
まぁ,当分の間は私がしっかりと見張っておけばいっかぁ…….

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