番外編(恋愛の好奇心)


“好奇心だけで女の子と付き合うなんて最低よ.”
貝塚恵,当時14歳の台詞である.
結局,その言葉が健の中で尾を引いた…….

小6のときのバレンタインデーだった.
初めてもらった本命チョコに,健はほとんどスキップするような足取りで家に帰った.
まったく顔も名前も知らない女の子からだったが,とにかくチョコをもらったことが嬉しくて,顔がにやけて止まらない.

もちろん,すぐさま母と姉にばれてしまい,ひとしきりからかわれた.
父と健用のチョコレートケーキを焼きながら,母親は少しだけ誇らしげに自分を見たように感じられた.
ますます有頂天になった健だったが,姉の次の台詞で水を浴びせられた.

「本命チョコならちゃんと返事をしないといけないわよ.」
一瞬,健はきょとんとする.
返事とはいったい何のことだ?
「だって好きです,つきあってくださいって言われたようなものでしょ?」
恵はなんだか真剣な口調になってきた.
「じゃぁ,ちゃんとそれに答えないと駄目じゃん.」

健は正直,戸惑った.
好きも嫌いも何もない,今日初めてその女の子の存在を知ったのに.
「その子とつきあうの?」
健はとりあえず頷く.
よく分からないが,つきあってみればきっと自分もその子のことを好きになるのだろう.

「好きなの? 本当に?」
だんだんと姉の顔が険しくなる.
「いや,別に違うけど……,」
健はもごもごと口篭もった.
「好きじゃないのに付き合うの? あんたって最低ね!」
恵は本気で怒り出してきた.
「どうせあんたのことだから女の子と付き合ってみたいっていう好奇心だけなんでしょ?」
隣では母親が困ったように微笑んでいる.
「言っては悪いけど,そうゆうのって男として最低よ!」

結局1ヶ月間悩んだ末,健はホワイトデーにその子にプレゼントを渡し,そして付き合えないと断った.
「期待させるようなことをして!」とその子の友人に手提げ鞄で頬をぶたれたが,罪悪感で余り痛くはなかった…….

「俺,リルカのことが好きだよ.」
今度は好奇心だけじゃないと自信を持って言える.
城の裏手の草原で,草の上にリルカを押し倒した状態で健は想いを告げた.
途端にリルカはその桃色の髪と同じ色に頬を染める.
「リルカは俺のことをどう思っている?」
答えなどわかっている,それでも言わせてみたい.
するとリルカは半分以上泣き声で,健に向かって聞き返してきた.
「それってこの体勢で聞くことなの?」

「多分,違うかも…….」
こんな光景を見たら,恵などは仰天するだろうか.
「でもさ……,」
でも,これは本当の本当に本気だから.
いっそこのまま抱いてしまいたいくらいなのに,その白い素肌よりも笑顔が欲しい.
「聞かなくても,その顔を見たら分かるよ.」
健の腕の中で,リルカは健の視線からさっと逃げた.

「離婚する方法を二人で考えよう.」
だから誰にも渡すつもりはない.
必ず彼女を望まぬ結婚から解放させる.
「リルカが頷くまで,離さないから.」
健はリルカの細い身体をぎゅっと抱きしめた…….

「……分かった.」
抱きしめられて,リルカは小さく答える.
「考える…….」
どんなにわがままだと周りから責められてもいい…….
離婚したい,自分は好きでもない男性と結婚できる程に器用ではない.
すると健は先ほどの発言に反して,さらにきつく抱きしめてきた.

そしてそのまま,しばらくなされるがままになっていたリルカだが,
「あの,タケル……?」
そろそろいい加減,離してほしいのだけど…….
リルカは健の腕の中で,少しだけ身動きをした.
「というわけで,離してくれない?」
「んー?」
しかし健は生返事を返しただけで,決して腕の力を緩めようとしない.

それどころか……,
「馬鹿! 何をやっているのよ!」
リルカは真っ赤になって暴れだした.
すると健はリルカには意味の分からないことを言い出す.
「いや,好奇心だけじゃないけど,やっぱり好奇心も含まれるというか…….」
笑顔も見たいが,身体も見たいというか…….

「な,な,何を言って,」
腕力ではもはや敵わない,振りほどけない.
リルカは本気であせってきた.
「辞めてよ! タケル!?」
「いてぇ!?」
するといつの間にやらやってきた銀に輝く鳥が,嘴で健の頭をつついていた.
「痛いって! カッティ!」
主従逆転の情けない姿である.

カッティの攻撃を受ける健を,リルカは呆れたように見やった.
そしてそそくさと健の下から抜け出す.
「タケル,私は先に城の方へ帰るからね.」
「え!? そんな,待って,」
いまだカッティに突っつかれながら,健はリルカを呼び止める.
「それじゃぁね!」
足音軽く,リルカは健のもとから逃げ去っていった…….

“好奇心だけで女の子と付き合うなんて最低よ.”
貝塚恵,当時14歳の台詞である.
今度は好奇心だけじゃないと自信を持って言えるのだが,ときどきこの好奇心が暴走するのはどうしてなのだろうか…….

「ちぇっ…….」
やっとカッティの怒りが解けた後で,健はぼりぼりと頭を掻きながら,リルカが去った城の方を眺めた…….

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