「どいてよ,タケル!」
こげ茶色の髪,漆黒の瞳の少年に廊下をふさがれて,リルカは怒鳴った.
「べっつにぃ〜.何も邪魔してないけどぉ?」
対する健は楽しげに,両手を広げて廊下の中央に立つ.
リルカが右に抜けようとするとその前に立ち,左に抜けようとしてもその進路を妨害する.
「タケル! 私は王女なのよ!」
王城の廊下でリルカは叫んだ.
「やらなきゃいけない仕事があるの!」
健が魔王の右腕を落としてから,リルカらは国境の砦から王城へと戻ってきていた.
魔王はしばらくの間復活しそうになく,平和な毎日を過ごしているのだが……,
「もぉ,いい加減にして!」
リルカは強引に突破を試みた.
すぐに健と押し合いになる,しかしリルカが健をどれだけ一生懸命に押しても,健はびくともしない.
「通してよぉ……!」
いつの間にか身長もリルカよりずっと高くなり,剣の腕も魔法の力もリルカを追い越してしまった少年.
「いいじゃん,遊びに行こうよ!」
真っ赤になって自分を押すリルカに向かって健は言った.
「俺,もう明日には日本に帰らないといけないし,今日一日ぐらい遊ぼうよ.」
それに健としては,少々文句を言いたいことがある.
健は魔王ガイエンの右腕を落とした,多くの人々が喜び,健のことを誉めてくれた.
もちろん,リルカもいっぱい誉めてくれたのだが……,
「無理だってば,リルカ.」
しかしリルカは余り喜んではくれなかった.
「俺に敵うわけがないじゃん.」
これではなんのために,自分はがんばったのか.
とびっきりの笑顔を見せてくれないと,がんばった甲斐がない.
「どきなさい!」
するとリルカはいくら腕で押しても無駄だと悟ったのか,健にがばっと抱きついてきた.
健の顔がぼっと赤くなる.
「リ,リルカ!?」
リルカはそのままぎゅうぎゅうと健の身体を押す,健が真っ赤になっていることに気付かずに.
「リ,リル……,む,むむむむ……,」
抱きつかれて,体が密着する.
意外に豊満な胸があたって,健の身体を硬直させる.
「だーーーーー! ストップ,ストップ! リルカ,止めて!」
健はリルカの両肩を掴み,べりっとその身体を自分から引き剥がした.
琥珀色の瞳が「何事か?」と健に問う.
その無垢な瞳に,健はますます顔を赤らめた.
リルカには言えないような気持ちがどんどんと沸き起こってきて,健は慌ててリルカの肩から手を離した.
「どうしたの?」
リルカは首をかしげて聞いた,しかし健は口をぱくぱくさせるだけで答えない.
よく分からないが,意地悪をするのを止めたらしい.
「それじゃぁね.」
リルカは不思議に思いながらも,健の脇を通って立ち去っていった…….
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