炊事場の下働きから砦を守る兵士に昇格したらしい.
まぁ,これを昇格というものなのかどうかは分からないが,給料が上がることだけは確かだ.
ユーティの弓の腕を見た将軍イオンが,兵士にならないかと言ってくれたのだ.
戦に出ることになるので母親などは反対するだろうが,ユーティとしては譲るつもりはない.
もう15歳,立派に魔物と戦ってみせる.
友人たちに知らせようと砦の廊下を歩いていると,ユーティは妙な集団に出会った.
兵士たちが廊下の角から,向こう側をこそこそと覗いているのだ.
「何をやっているんですか?」
すると一人の兵士がしぃっと口に指を立てる.
「タケルが姫様をくどいているんだよ!」
この砦の兵士たちには,なかなかに趣味の悪い娯楽がある.
すなわち,くっつきそうでくっつかない幼い恋人たちがいつくっつくのか,という賭けである.
ちなみにユーティは来年の夏に賭けていたりするのだが…….
「おいおい,まじかよ.」
小柄な体を活かして,ユーティが前の方にでると,確かに健がリルカにせまっている.
壁にリルカの体を押し付けて,なかなかに強引なやり方である.
「タケルの奴,意外に積極的なんだな…….」
対するリルカは真っ赤な顔で,なにやらしどろもどろしゃべっている.
18歳でその初さは無いだろう…….
さすがは大切に育てられた王家の姫ということなのだろうか.
リルカ・カストーニア,前国王の姪であり,今ではただ一人の王家の生き残りである.
するとユーティたちの目の前で,健がリルカの肩を抱き,ぐいと顔を近づける.
「よし,タケルを止めよう.」
一人の兵士が提案すると,他の兵士たちも頷きあう.
「あんなガキに姫様は渡せないよな.」
「そうそう.」
むしろ意気揚々と廊下の角から出てゆく.
さっきまで「よし,やれ!」だの「このまま押し倒せ!」だの言っていたくせに…….
大人って…….
ユーティは軽く首を竦めた.
「い,いつから見てたんだよ!?」
いきなりどやどやとやってきた兵士たちに,健は本気で驚いたようだ.
リルカも真っ赤な顔をして,琥珀色の瞳を見張る.
おそらくほぼ最初から居たのだろう,そんでもって,いいところになったら邪魔を入れる.
5年もの間,魔族と戦い続けている割には妙に平和な国だ…….
「違うってば! 口説いていたわけじゃない!」
必死に言い訳する健に,「用事があるから.」と言って逃げようとするリルカ.
兵士たちを掻き分けて,リルカは真っ赤な顔で,あまり前を見ずに廊下を走る.
そしていまだ廊下の角に居るユーティにぶつかりかけて,
「ご,ごめんなさい,……えぇっと,ユーティ.」
兵士たち一人一人の名前をちゃんと憶えているのか.
ユーティは思わず感激した,しかし,
「顔が真っ赤ですよ,姫様.」
するとリルカの顔がますます赤くなる.
「タケルのことがお好きなんでしょ? 大丈夫,きっとタケルも姫様のことが好きですよ.」
そんな顔をされると3つも年上とは思えない.
なんとかわいらしい主君なのだろう.
「いや,あの,タケルのことはかわいい弟というか,」
なのに,リルカの方でもいさぎよくない言い訳を開始する.
はたから見ているとものすごく分かりやすい両想いなのに,本人達は自分自身の想いにさえ気づいていないのだろうか.
……まぁ,いっかぁ.
ユーティはにやっと人の悪い笑みを浮かべた.
「そうですね,タケルみたいなお調子者に,好きだなんて言っちゃ駄目ですよ.」
なんせ今,健とリルカの二人にくっつかれてしまうと,20デント(約2200円)の大損である.
健には悪いが,じれじれとじれったい恋を存分に楽しんでもらおう.
赤い顔で走り去るリルカに向かって,ユーティは愛想よく手を振った.
……ただし,来年の夏までね.