番外編(激励の言葉)


貝塚健16歳,4度目の夏.
去年初陣を果たして以来,何度も戦場に出た.

そして今年の夏は初めて魔王と打ち合った…….

カストーニア王国,魔の森近くの砦の見張り台で,健は無言だった.
魔の森にじっと見入っている健に,見張り役の兵士たちも声をかけない.
肩に乗っている銀の鳥もおとなしくしている.

ぎゅっと目を閉じて,健は前回の戦闘を思い起こしてみる.
人間と同じような体型の魔物,銀の甲冑そのもののような魔物.
身長は友人のファンと同じくらいだ,そして健たち人間と同じように剣を操る.

まずは右に打ち込んだ,しかしそれは受け止められて弾き返される.
剣を落としそうになり,健は両手で剣の柄を握った.
そこへ上から剣が打ち落とされる,健は左方に転がるようにしてそれを避けた.
そのとき,右後ろからリルカがやって来て,聖魔法を唱える.
闇の王らしく光の魔法に苦しみ,しかしそれでもなお魔王はリルカの剣先をきっちりと捕らえた.

そして,リルカとふたりで魔王と何合も打ち合ったのだが,
「くっそぉ〜〜〜!」
いきなり健はうんと伸びをした.
カッティが健の肩から不平そうに飛び立つ.
「……もっと強くなりたいなぁ.」
あいつを倒せるほどに…….

魔王を倒す勇者としてこの世界に来ているのに,健としてはなかなか格好がつかない.
まずは剣と魔法の稽古,去年やっと実戦に出させてもらったばかりだ.
そして今年やっと魔王と対決したのだが,今のところ2戦2敗である.
惨めな敗走を2度もした,そしてこのことは健のプライドを大いに傷つけた.

初陣以来,戦場ではほぼ無敵状態だったからだ.
どんなやつでも俺にはかないっこないと自惚れていた.
しかし,上には上がいるものである.

「けっこう天狗になっていたかなぁ…….」
この世界の住民には意味の分からないことをぼやいて,健は見張り台の上から飛び降りた.
見張り台の兵士たちは,珍しく落ち込んでいるらしい健の後ろ姿を見送る.
……今はあせらないでほしい.
肩をすくめて,兵士たちは苦笑を交し合う.
何年後には少年はきっと立派な青年になるだろう,そしてそのときにこそ……!

階段をとんとんと降りながら,健はこきこきっと首を鳴らした.
前回の反省をするよりも,身体を動かして剣の稽古をしよう.
健は心の中でぽんと手を打つ.
友人のファンかユーティでも捕まえて,付き合ってもらおう.

ふと脳裏にちらちらと薄桃色の髪の少女の姿が浮かぶ.
しかし彼女は駄目だ,彼女に思い切り剣を打ち込むなんてできない.
なぜか初陣のときから,リルカと剣を打ち合うことができなくなっている.
この心の変化がどういった名を持つのか,今の健にはまだ分からないのだが…….

廊下を所在なく歩いていると,健はリルカの姿を発見した.
しかも周りには誰も人は居ない.
リルカが一人でいるのは珍しい,この国のただ一人の王族としていつも何かと忙しくしているからだ.
今だって,廊下の壁をテーブル代わりにして,なにか書き物をしている.

せわしなくペンを動かして,近づいてくる健にはまったく気付かない.
健はそっとそばまで歩き,そしてバン! と壁に手をついた.
「な,何?」
リルカが驚いて,振り返る.
すると意外に近くに健の顔があり,頬を真っ赤に染め上げる.

「リルカ,何をやっているの?」
壁に両手をつき,完全にリルカを閉じ込めてから,健は聞いた.
「城からこの砦に送ってもらうものを,」
自分に迫ってくる健に,リルカは耳まで赤くする.
「忘れないように書き付けて……,」

「タケル,何か用なの?」
息がかかる,どうしてこんなに近づいてくるの?
リルカはできるだけ健から離れるように壁に背中をくっつけた.
「べ,つ,にぃ〜.」
健は意地悪く,さらに近づいてきた.

するとふと意地悪な顔をやめて,今度は無邪気な顔になって言う.
「リルカさぁ,……俺にがんばれって言って.」
リルカは不思議そうな顔をして健の顔を見返してきた.
「そうしたら俺,がんばれるから.」
健はすこし情けなさそうな笑みを見せた.

「……がんばってください.」
いまいち意味が分からずに,リルカは棒読みでしゃべった.
「……というわけで,どいてよ,タケル.」
そしてもう用は済んだとばかりに逃げ出そうとする.
「やだよ,全然,心がこもってないじゃん.」
表面上はすねたふりをして,楽しげに健は笑う.
「ちゃんと言ってくれないと,どかないよ.」

「タケル,私,今日は忙しいから,」
すると健がリルカの言葉を遮る.
「今日も,だろ?」
口付けできるほどに近く,顔を近づけて健は意地悪く訂正した.

「何に対してか分からないけど,がんばって.」
赤い顔で,リルカはつんとそっぽ向いた.
しかしふと思いついて,健の漆黒の瞳をまっすぐに見る.
そうしてふっと微笑んだ.
「タケル,あせらないで.」

健の心臓がどくんとなる.
「そう簡単に,魔王は倒せないわよ.」
リルカの台詞をまったく別の意味にとらえて,勝手に鼓動が早くなる.
「でも,タケルならいつか必ず勝てる,」
妙に赤い顔をして自分を見つめる健に向かって,力強くリルカは言った.
「2回も魔王と対峙して無事だったもの,タケルはやっぱり勇者なんだわ.」

兄はあっけなく魔王に殺された.
父や母は,また違う魔物に…….
しかしこの少年は,怪我一つ負わず魔王から逃げおおせたのだ.
2回目などは,足をくじいたリルカを抱きかかえるようにして…….

「もしかして,今,俺は慰められているの?」
心もとなさそうに健が問うと,リルカはこっくりと頷いた.
「だって,タケルは私にとっては弟みたいなものだもの.」
にこっと年上の余裕を見せて微笑む.
「落ち込んでいるのならいくらでも慰めてあげるし,」
「言葉じゃない慰めがほしいって言ったらどうするの?」
「へ?」
いきなり両肩をつかまれて,リルカは本気で驚いた.

健の漆黒の瞳が真剣な光を映して,どんどんと近づいてくる.
リルカは思わず,きゅっと目を閉じた,そのとき,
「こら! タケル!」
「口説くのはいいが,いきなり廊下でそんなことをするな!」
いったいいつからいたのやら,数人の兵士たちがやってきて,驚く健の頭を小突きだす.
「い,いつから見てたんだよ!?」
上ずった声で健が叫ぶと,兵士のうちの一人が「さぁ?」ととぼける.

「まぁまぁ,こんな公共の場で言い寄るタケルが悪い.」
そして楽しげに,口々に健に向かって言う.
「そんなことより,姫様の肩から手を離せよ.」
健は慌てて,リルカの肩から手を離した.
「違うってば! 口説いていたわけじゃない!」
健はなにやらいさぎよくない言い訳を開始するのだが,あまり誰も真剣に取り合わない.
「ちょっとからかっただけというか,……単に話していただけというか,」

「姫様,大丈夫ですか?」
「もしかして,俺たちはお邪魔でした?」
「話を聞けよ!」と言う健のことは無視して,兵士たちは今度はリルカの方をからかいだす.
「お顔が赤いですよ.」
一人の兵士が笑いながら言うと,リルカの赤い顔がますます赤くなる.

「あの,……私,用事があるから!」
適当なことを言って,リルカはさっと身を翻して逃げる.
「え? 待って,」
健は引きとめようと手を伸ばしたが,間に合わなかった.
「あ〜あ,タケル,振られたな.」
「まぁ,当分は友達以上恋人未満で我慢してくれ.」
分かりやすい顔でショックを受ける健に対して,砦の陽気な兵士達はどっと笑い崩れた…….

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