健とリルカは一路,聖都に向かって旅を続けていた.
曇り空の下,二人馬を並べて歩みを進める.
ゆったりと草原を歩く馬に,健は物思いに沈む.
勇者の末裔の身体は取り戻した,そして再び魔王の首を落とした.
しかし,戦いは終わってはいない.
次,魔王はどのような手段で復活するのだろうか?
どの道,勇者ワーデルの末裔である自分とリルカに突っかかってくるのだろうが…….
「勇者ワーデルは,恋人を目の前で殺されて,」
町で調達した馬に乗りながら,健はひとりごちた.
「魔王ガイエンを封印した.」
隣では同じく馬を操りながら,リルカが不安そうな顔で健の方を見ている.
カッティは近頃はリルカの肩で休むようになっていた.
「なぜ,ガイエンはワーデルの恋人を殺したんだろ?」
健は首をかしげた,これでは男女の痴情のもつれみたいではないか.
そもそも魔王は魔族の長だというが,他の魔物たちとは余りにも外見が違っている.
人間の姿を持つ魔物は魔王のみだ,他はすべて,いかにもな怪物姿をしているというのに.
永遠の時間を生き,安息の死を求める.
そして,勇者との間に因縁めいたものを感じさせる.
ガイエンとワーデルとその恋人の間には,何があったのだろう.
遠くかすむような旅路を眺め,健は思った.
けれど,例え何があったのだとしても…….
「……俺には関係ない.」
過去の事件の究明など,健のやるべきことではない.
夕刻,日の落ちる直前に健とリルカは小さな宿場町に入り,宿を求めた.
そこで彼らは初めて,聖都が魔物たちによって陥落されたという噂を耳にしたのだ.
「タケルに首を落とされて,次は聖都の方で復活を果たしたのね.」
部屋に入ると,リルカは悔しげに唇を噛む.
「みたいだね.……明日からはカッティに乗って急いで帰そうぜ.」
健は,ぼすっとベッドに座り込んだ.
「えぇ.」
固い声でリルカは頷く,空を飛んでいけば,3日もせずに聖都へつくはずだ.
イオンたちは,皆は無事なのだろうか?
残してきてしまった仲間のことが気にかかり,リルカはゆがむ顔をうつむいて隠す.
正直,また自分を狙ってくると思って,油断をしていた.
するとリルカはいきなり健に腕を捕まれて,ベッドへと引き倒された.
「タケル!?」
びっくりして叫ぶ,そして真剣な顔の健にさらにびっくりする.
「リルカ,」
ぎゅっと恋人の身体を抱きしめて,健は囁いた.
「……お姫様,今,ここで誓うよ.」
にじんできた答えを離さないように.
「何を……?」
健の腕の中でじたばたとしながら,リルカは訊ねた.
「必ずあなたを守ります.」
漆黒の瞳が,リルカの琥珀色の瞳を見つめている.
「……それが勇者の条件だと思う.」
そう,だからワーデルは勇者ではない.
リルカの暖かい頬を指先で撫でながら,健は思った.
「この前はごめん……,魔王を追うのに夢中になって,」
勇者ワーデルの末裔,正確にいうならば,ワーデルの弟の子供たちが健やリルカの先祖だ.
「リルカから離れてしまった……,」
ワーデル自身は子供を残さなかった.
健の謝罪を跳ね除けるように,リルカは口を開いた.
「タケル,そんなことは気にしないで.」
琥珀色の瞳が強い意志を映して輝く.
「あなたは魔王を倒すことに専念して.」
姫と呼称するのに相応しい眼差しを持つ.
「駄目だよ,リルカ,」
健は,リルカにとって見知らぬ男のように微笑んだ.
「それではワーデルの二の舞になるだけだ…….」
怪訝な顔で自分を見つめる恋人をあえて無視して,健はキスをした.
幾万の夜を越えて愛に哭く,
彼は永遠を旅する者.
一人の女性をめぐって彼らの友情は壊れ,ついに破局へと結びつく.
奇妙な情況が続いていた.
聖都を攻める人間たち,聖都を守る魔物たち.
総指揮官サンサシオンは行方不明で,ラーラ王国王子スールとカストーニア王国将軍イオンが共同で軍の指揮をとっていた.
戦闘を行いつつ,聖都の住民たちを近隣の町や村に避難させる.
しかし,中には逃げずに戦うと言う者たちもいて……,
「足手まといにはなりません,お仲間に加えてください.」
生来穏やかな顔をきりっとさせて,中年の女性がイオンとスールの前に立つ.
豊穣を司る10祭司が一人,フェルミである.
「しかし,フェルミ様,」
スールが困惑して止めようとすると,フェルミは1世代年少の青年に向かって微笑んだ.
「私は闇に取り込まれた我が子を取り戻すだけですわ.」
スールは押し黙る,彼の上官であったサンサシオンは魔王に取り付かれたのだ.
聖都を保持するだけでは飽き足らず,慢性的に攻めてくる魔族たち.
戦場に魔王は姿を現さないものの,魔物たちの猛攻を人間たちは支えきれない.
聖都が魔物たちの手に渡ってから8日後,兵士たちの疲労も濃いその日の夜に,……勇者が帰還した.
「姫様! タケル!」
「ご無事でよかった!」
カストーニア王国の兵士たちが一斉に,健とリルカを歓迎する.
「帰ってくるのが遅いよ! タケル!」
心配されて,怒られて,健とリルカはこっそりと笑みを交し合う.
やはり,自分たちの居場所はここなのだと…….
「姫様ぁ!」
二人を囲む男たちを掻き分けて,アリアがリルカのもとへとやってくる.
「心配しましたよ! 本当に.」
リルカの肩から飛び立つカッティを尻目に,アリアはリルカに抱きついた.
「ごめんなさい,アリア.」
リルカはそっと幼馴染の体を抱きしめ返した.
ホームに帰った以上,もうリルカは独り占めできないらしい.
健は頭を掻いて,その光景を眺めた.
「戻ったんだな.」
と,いきなり後頭部を捕まれる.
健は振り向いて,にこっと笑った.
「やっとね.」
友人であるファンとユーティが安心したような笑顔を見せる.
再会を喜び合う彼らを,他国の兵士たちが気まずげに眺めていた…….