夏休み勇者特論


第三十六話  過去の三人


健とリルカは一路,聖都に向かって旅を続けていた.
曇り空の下,二人馬を並べて歩みを進める.
ゆったりと草原を歩く馬に,健は物思いに沈む.
勇者の末裔の身体は取り戻した,そして再び魔王の首を落とした.
しかし,戦いは終わってはいない.
次,魔王はどのような手段で復活するのだろうか?
どの道,勇者ワーデルの末裔である自分とリルカに突っかかってくるのだろうが…….

「勇者ワーデルは,恋人を目の前で殺されて,」
町で調達した馬に乗りながら,健はひとりごちた.
「魔王ガイエンを封印した.」
隣では同じく馬を操りながら,リルカが不安そうな顔で健の方を見ている.
カッティは近頃はリルカの肩で休むようになっていた.

「なぜ,ガイエンはワーデルの恋人を殺したんだろ?」
健は首をかしげた,これでは男女の痴情のもつれみたいではないか.
そもそも魔王は魔族の長だというが,他の魔物たちとは余りにも外見が違っている.
人間の姿を持つ魔物は魔王のみだ,他はすべて,いかにもな怪物姿をしているというのに.
永遠の時間を生き,安息の死を求める.
そして,勇者との間に因縁めいたものを感じさせる.

ガイエンとワーデルとその恋人の間には,何があったのだろう.
遠くかすむような旅路を眺め,健は思った.
けれど,例え何があったのだとしても…….
「……俺には関係ない.」
過去の事件の究明など,健のやるべきことではない.

夕刻,日の落ちる直前に健とリルカは小さな宿場町に入り,宿を求めた.
そこで彼らは初めて,聖都が魔物たちによって陥落されたという噂を耳にしたのだ.
「タケルに首を落とされて,次は聖都の方で復活を果たしたのね.」
部屋に入ると,リルカは悔しげに唇を噛む.
「みたいだね.……明日からはカッティに乗って急いで帰そうぜ.」
健は,ぼすっとベッドに座り込んだ.
「えぇ.」
固い声でリルカは頷く,空を飛んでいけば,3日もせずに聖都へつくはずだ.

イオンたちは,皆は無事なのだろうか?
残してきてしまった仲間のことが気にかかり,リルカはゆがむ顔をうつむいて隠す.
正直,また自分を狙ってくると思って,油断をしていた.

するとリルカはいきなり健に腕を捕まれて,ベッドへと引き倒された.
「タケル!?」
びっくりして叫ぶ,そして真剣な顔の健にさらにびっくりする.
「リルカ,」
ぎゅっと恋人の身体を抱きしめて,健は囁いた.
「……お姫様,今,ここで誓うよ.」
にじんできた答えを離さないように.

「何を……?」
健の腕の中でじたばたとしながら,リルカは訊ねた.
「必ずあなたを守ります.」
漆黒の瞳が,リルカの琥珀色の瞳を見つめている.
「……それが勇者の条件だと思う.」

そう,だからワーデルは勇者ではない.
リルカの暖かい頬を指先で撫でながら,健は思った.
「この前はごめん……,魔王を追うのに夢中になって,」
勇者ワーデルの末裔,正確にいうならば,ワーデルの弟の子供たちが健やリルカの先祖だ.
「リルカから離れてしまった……,」
ワーデル自身は子供を残さなかった.

健の謝罪を跳ね除けるように,リルカは口を開いた.
「タケル,そんなことは気にしないで.」
琥珀色の瞳が強い意志を映して輝く.
「あなたは魔王を倒すことに専念して.」
姫と呼称するのに相応しい眼差しを持つ.

「駄目だよ,リルカ,」
健は,リルカにとって見知らぬ男のように微笑んだ.
「それではワーデルの二の舞になるだけだ…….」
怪訝な顔で自分を見つめる恋人をあえて無視して,健はキスをした.

幾万の夜を越えて愛に哭く,
彼は永遠を旅する者.

一人の女性をめぐって彼らの友情は壊れ,ついに破局へと結びつく.

奇妙な情況が続いていた.
聖都を攻める人間たち,聖都を守る魔物たち.
総指揮官サンサシオンは行方不明で,ラーラ王国王子スールとカストーニア王国将軍イオンが共同で軍の指揮をとっていた.

戦闘を行いつつ,聖都の住民たちを近隣の町や村に避難させる.
しかし,中には逃げずに戦うと言う者たちもいて……,
「足手まといにはなりません,お仲間に加えてください.」
生来穏やかな顔をきりっとさせて,中年の女性がイオンとスールの前に立つ.
豊穣を司る10祭司が一人,フェルミである.

「しかし,フェルミ様,」
スールが困惑して止めようとすると,フェルミは1世代年少の青年に向かって微笑んだ.
「私は闇に取り込まれた我が子を取り戻すだけですわ.」
スールは押し黙る,彼の上官であったサンサシオンは魔王に取り付かれたのだ.

聖都を保持するだけでは飽き足らず,慢性的に攻めてくる魔族たち.
戦場に魔王は姿を現さないものの,魔物たちの猛攻を人間たちは支えきれない.
聖都が魔物たちの手に渡ってから8日後,兵士たちの疲労も濃いその日の夜に,……勇者が帰還した.

「姫様! タケル!」
「ご無事でよかった!」
カストーニア王国の兵士たちが一斉に,健とリルカを歓迎する.
「帰ってくるのが遅いよ! タケル!」
心配されて,怒られて,健とリルカはこっそりと笑みを交し合う.
やはり,自分たちの居場所はここなのだと…….

「姫様ぁ!」
二人を囲む男たちを掻き分けて,アリアがリルカのもとへとやってくる.
「心配しましたよ! 本当に.」
リルカの肩から飛び立つカッティを尻目に,アリアはリルカに抱きついた.
「ごめんなさい,アリア.」
リルカはそっと幼馴染の体を抱きしめ返した.

ホームに帰った以上,もうリルカは独り占めできないらしい.
健は頭を掻いて,その光景を眺めた.
「戻ったんだな.」
と,いきなり後頭部を捕まれる.
健は振り向いて,にこっと笑った.
「やっとね.」
友人であるファンとユーティが安心したような笑顔を見せる.

再会を喜び合う彼らを,他国の兵士たちが気まずげに眺めていた…….

 << 戻る | もくじ | 続き >>


Copyright (C) 2003-2005 SilentMoon All rights reserved. 無断転載・二次利用を禁じます.