夏休み勇者特論


第三十三話  友人の恋人


5日間に渡る戦闘で,ザミリー平原から魔族の姿は消えた.
戦場に魔王ガイエンは一度たりとも現れずに,魔物たちはほとんど攻撃らしい攻撃もしないままに打ち倒されていった.

魔族が全滅したと聖都の人々は総指揮官サンサシオンを褒め称えたが,彼は終始憂鬱な表情であった.
居なくなってしまったカストーニア王国の王女と勇者,そしてすべての元凶である魔王.

「タケルと姫様は魔王を追いかけていったのだと思う.」
カストーニア王国の将軍イオンは,ラーラ王国の王子スールに向かって自分の考えを打ち明けた.
「タケルの身体を取り戻し,魔王ガイエンを滅ぼすために.」
イオンのテントの中で,二人だけで密談をする.
「サンサシオン様がどれだけ魔王や姫様,タケルを探そうと主張なさっても,私はそれには反対だ.」
強い懸念を示して,イオンの顔にしわが深く刻まれる.
「対魔王戦に関しては,我々は足手まといでしかない…….」
魔王を倒せるのは勇者のみ,そして勇者とはワーデルの末裔たちのことだ.

魔王が生きているかぎり,魔物たちはいくらでも出現する.
数に限りなど無い.
ザミリー平原に巣食っていた魔族の群れは確かに居なくなったが,これはこの世界から魔物たちが居なくなったことと同様ではない.
聖都の人々の浮かれっぷりをイオンは共有できないでいる.
それはスールとて同じことであった.

そしてスールにはもう一つ,心配事がある.
「サンサシオン様は,そのぉ,……初恋だったのでしょうか?」
自分の言葉に少なからず照れて,スールはイオンに聞いた.
問い掛けられた方のイオンは,一瞬だけきょとんとしてからすぐにスールの言いたいことを理解した.
「私みたいに世俗にまみれている者と違って,サンサシオン様は……,」
スールはどう言葉を続けていいのか分からずに黙る.

恋した女性の数は数知れず,抱いた女も失った恋も愛情もスールにとってはすべてきちんと心の中で整理のつく思い出だ.
しかしそれに対してサンサシオンは,自分の想いにうまく決着をつけられないでいるように感じるのだ.

現法王の孫,教会における純血の中の純血.
本人はどう思っているのかわからないが,スールからみるとまさに純粋培養の世間というものを知らない青年である.
純血を尊ぶ教会では,血の繋がりの強い身内同士で婚姻を結ぶ.
サンサシオンは恋という恋もせずに今までいたに違いない.

「まぁ,諦めていただくしかあるまい.」
ため息と共にイオンは答えた.
何よりリルカの気持ちがまったくサンサシオンの方へ向いていないのだから.
「……そうですね.」
けれどスールは,責任を感じずにはいられない.

健という名の青年の居ない間,サンサシオンをたきつけてしまった.
我々軍隊のもの皆で,否定するサンサシオンとリルカ姫を…….

「タケルと姫様,今ごろどうしているのかなぁ…….」
聖都の城門の上で,赤毛の少年ユーティはつぶやいた.
彼ら魔族討伐連合軍は今,聖都の城壁の中に居る.
ザミリー平原で魔族たちを全滅させたからだ.
調子のいい聖都の住民たちは,今度は軍隊の駐留を心から歓迎している.
「まぁ,きっと元気でやっているさ.」
黒髪の青年ファンは苦笑して,友人を慰めた.

城壁の上にいるといってもあたりを哨戒しているわけではない.
魔族に対する警戒はすでに解かれていた.
「案外,二人っきりになれて,タケルは喜んでいるのかもしれないし,」
「なんていうことを言うのよ! ファン.」
亜麻色の髪のアリアがファンの顔をぎっとにらみつける.
「姫様になんかしたら,……タケルのやつ,帰ってきたらぎったんぎったんにしてやるわ!」
あまり冗談とも思えない調子でアリアは歯軋りした.

母親である祭司フェルミに教会へ来るように命じられて,サンサシオンは久しぶりに教会へと戻った.
祖父である法王が魔族を全滅させたサンサシオンに祝辞を送りたいというのだ.
祝辞などもらっても,魔王はまだ生きている.
戦いはまだ終わっていない.

祝辞などより,魔王を探す方が重要なのではないか?
相変わらず,ずれた思考をする教会というものに対してサンサシオンはため息よりも怒りを吐き出したくなった.

自分の手から逃げ出した女性.
”彼らを止めてください,サンサシオン様.”
初めてできた友人の恋人.
”愛する女性のために何でもするんだね.”
永遠の永きを生きる自分に,光を希望を喜びを教えてくれた友人.
”リルカをください,このカストーニア王国の王女を!”

いや,違う.
彼は自分と同じ血脈を持つ兄弟のような存在.
……ワーデル・カストーニア.

謁見の間の大扉の前に立って,サンサシオンははっとした.
私を止められるのはワーデルのみ.
ぼんやりとしていた,サンサシオンは一つ頭を振った.
その怒りと悲しみだけが…….
サンサシオンは気持ちを引き締めてから,ドアをノックした.

応えがあって,ドアを開く.
中には彼の祖父が待っているはずだった…….

オールディス共和国首都,軍から逃げ出した健とリルカは今,この大陸西方の都にいた.
魔族が諸国連合軍によって打ち倒されたと浮かれ騒ぐ人々,戦争に行った男たちが戻ってくると喜ぶ女たち.
陽気な酒に喜びを演じる大通りに,いやまだまだ魔王は死んでいないのでは,と額を寄せ合う細い路地.

「こんなところにガイエンがいるの?」
右肩にカッティを乗せ,左手でリルカと手を繋いで,健は通りを歩く.
「占いでは,ここ近辺にいるみたいだけど…….」
しかしそれほど精度のいい占いではない.
リルカは自信なさげに答えた.

こんなにぎやかな街に魔王はいるのだろうか.
今ごろ,手に入れた健の身体で何をやっているのだろう…….
つとリルカは健に肩を抱かれた.
「その瞳は永遠,」
リルカが「え?」と思う間も無く,強引に口付ける.

街のど真ん中でキスをする恋人たちに,道行く人々が冷やかしの声をかける.
周囲の人々の注目を集めて,健はリルカの唇をむさぼった.
「な,何をするのよ!」
リルカが真っ赤になって怒ると,健はいたずらっぽく微笑んだ.
「いや,焼きもちやいてでてくるかなぁ,と思って.」
「出てくるわけがないでしょ!」
めちゃくちゃな恋人の理屈にリルカは呆れかえる.

「よぉ,兄ちゃん,うらやましいな!」
「見せつけるなよ!」
街の男たちのからかいに,健は調子よくひらひらと手を振る.
「いやぁ,どうもどうも.」
ふと健は一人の少年が不思議そうな顔をして自分を見ているのに気付いた.

「何? どうしたの?」
にこっと人好きのする笑顔を見せて,訊ねてみる.
心づいてリルカは,健の横顔を見上げた.
「いえ,その,あの,顔が似ているなぁと,」
少年は慌てて言い繕った.

途端にリルカの顔が険しくなる.
健は少年を怯えさせないように,にこにことしながら言った.
「どこにいるの? そいつ.」
少年はまずいことでもしゃべってしまったのだろうかと目を泳がせる.
「俺と同じ顔なんだろ? 生き別れの双子の兄なんだ.」
健は平然とほらを吹いた.
「案内してくれないかな? 兄さんのもとへ.」
笑顔を保ったままで,健はリルカの手をぎゅっと掴んだ.

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