夏休み勇者特論


第三十二話  街道の盗賊


手に入るのかもしれないと思ったのが,いけなかったのだろうか…….
淡い桃色の髪,琥珀色の瞳.
健に向かって微笑むようには,決して自分には微笑んでくれない.

魔王を倒すという使命よりも私情であなたは動いたでしょうとスールから言われ,サンサシオンには返す言葉がなかった.
自らの醜い感情に,自分自身が一番驚いている.
健に対してすまないと感じていても,どこか偽善じみた思考に吐き気さえ覚える.

健とリルカの出奔から3日後,サンサシオンたちはザミリー平原の魔族らに大規模な攻撃を仕掛け,無難な勝利を治めた.
居なくなったリルカに替わり,カストーニア王国軍を指揮したのは怪我から復帰した将軍イオンだ.
そしてその戦いで魔王ガイエンは全く姿を現さなかった…….

「当たるも八卦,当たらぬも八卦って言うけれども,」
目の前で筮竹としか思えない占い道具をいじる恋人に向かって,健はぼやいた.
彼らは健の身体を持った魔王を探し求めて,旅をしているのだ.
「この占いで,タケルのことも探し当てたのよ.」
じゃらじゃらと音を立てながら,真面目な顔でリルカは答える.

健とリルカはザミリー平原から逃げ出した後,占いの結果に従って西へと歩を進めていた.
お供はただ一人,いや一匹だけ,銀に輝く聖獣カッティである.
風の便りでは,諸国連合軍が魔族に対して大規模な勝利を得たらしい.
そしてその場に魔王が居なかったとも…….

貿易商人の商隊に便乗したり,旅馬車を利用したりしながら,二人と一匹は西へと向かっていた.
「で,リルカはまさか俺の目の前で殺されようとしていたわけ?」
健が不機嫌丸出しな声で聞くと,リルカは慌てて首を振る.
「そんなことは考えてない! ……だって,」
顔を赤らめて,リルカは俯いた.
「絶対にタケルは私のことを守ってくれるでしょう……?」

「ま,まぁ,……そうだけど.」
思わず同じように照れて,健は視線を逸らした.
健の肩では,カッティが照れあう恋人たちに呆れたようにあくびをする.
旅馬車の幌の中,客は健ら以外ほとんど居ない.
のどかな林道,うららかな日の光.
旅馬車はゆっくりと林の中を進んで行く.
まさに平和そのものの午後の情景である.

しかし唐突に馬車のスピードが上がる.
がらがらと車輪が大きな音を立てる.
振動で飛び跳ねそうなリルカの肩を抱いて,健は馬車の御者台に座る男に声を掛けた.
「どうしたんですか!?」
車輪の音に負けないように,健は叫ぶ.
「と,盗賊だ!」
真っ青になって男は,馬に鞭を与えた!

他の客たちとともに健が後ろを見ると,何十人もの馬に乗った男たちが野蛮な掛け声を上げながら,馬車に近づいてくる.
人間相手に剣など使いたくない.
健はきっと睨みつけた.
「我,ワーデル・カストーニアの名にかけて願う,」
目くらましの光の聖魔法を唱える.
「光の守り!」

しかし魔法は発動しなかった.
当たり前だ,健が聖なる魔法を使えたのは勇者ワーデルの末裔だから,ワーデルの血をひく体を所有していたからだ.
戸惑う健には構わずに,男たちが次々と疾走する馬から馬車の方へと乗り移ってくる.
狭い,しかも揺れて足場が不安定な馬車の中,健とリルカは鞘ごと剣を抜いた.

「金目のものを出せ!」
そう叫んだ男は,すぐさまリルカの剣の鞘にぶたれて走る馬車の上から落ちる.
健も次々と力任せに盗賊たちを馬車から排除してゆく.
二人のあまりの強さに,盗賊たちも他の客たちも驚きを隠せない.
勇戦する健とリルカだが,多勢に無勢,向こうは真剣,こちらは鞘だ.
そして,
「そこまでだ!」
一人の男が剣の刃を客の一人である幼い少女に向けていた.
そして少女の傍では母親らしい女性が,蒼白な顔で別の男に腕を捕まれている.

「動くなよ,……それと剣を捨てろ.」
油断なく盗賊の頭らしい男が命じる.
馬車はいつの間にかスピードを緩め,停止している.
見渡すと,健とリルカ以外の人間は皆盗賊に捕まっている.
リルカは男から視線を逸らさずに,剣を床に置いた.
健もしぶしぶそれに習う.

「よし,それでいい.」
痩せた頬,あまり健康そうでない顔色の男がへつらうように笑んだ.
そしてじろじろとリルカの顔を眺め回す.
「お前ら,何者だ?」
品のある整った顔立ち,恋人らしい青年と共に相当の手だれである.
「貴族の娘か?」
男はリルカの顎をつまんで,彼女の白い顔を上げさせた.

「我,貝塚健の名において命じる,」
低く重く呪文をつぶやく声に,リルカはぎくっとして健の方を向いた.
これはワーデルの聖魔法ではない……!
「闇よ,心弱き者どもを捕らえよ!」
「うわぁ! な,なんだ!?」
リルカを捕らえていた男が,いきなり両手で目を覆う.
突然奪われた視界に戸惑い,恐れ,踊るように逃げ出す.

健は千鳥足で逃げ出す男を無常にも馬車の上から蹴り落とした.
その隣では,勇敢な母親が娘を助け出す.
客の一人の男性が盲目になった盗賊に体当たりを食らわせる.
リルカは馬車の御者の男性を盗賊の手から解放した.
「今のうちに逃げましょう!」

返事をするよりも早く,男は馬車を発進させる.
馬車から盗賊たちを一掃して,健たちは一目散に逃げ出した.
誰にも怪我は無く,金品も取られていない.
馬車の中で健ら客たちは,安堵のため息を吐き座り込んだ.

「あの,ありがとうございます.」
客の一人が健とリルカに向かって礼を述べると,他の人々も口を揃えて感謝の意を示す.
「なんとお礼を申していいのか……,」
「助けていただき,まことにありがとうございます.」
しかし彼らの目が,あなたたちは何者だと問うていた.

「えっとぉ……,」
幾多の視線にさらされて健はぼりぼりと頭を掻く,健の隣でリルカが空を飛ぶ獣の名を呼んだ.
「カンティオーネ!」
すぐにカッティは戻ってきて,身体を巨大なものに変化させる.

「お礼は要りません,気を付けて旅を続けてくださいね.」
さっとカッティの背に乗り,リルカは言った.
「正義の味方は名を名乗らない,ということで.」
健も身軽に鳥獣の背に飛び乗る.
「いや,しかし,」
退きとめようとする大人たちには構わずに,カッティは上昇を開始する.

「お兄ちゃん,お姉ちゃん,ありがとう!」
幼い少女が手を振ると,それにリルカは笑顔で応えた.
そうしてあっという間に馬車から飛び去ってゆく.
……勇者ワーデルの末裔,カストーニア王家.
残された大人たちはだれとも無くつぶやいた…….

上昇気流に乗って,上へ上へと飛び立つ.
ある程度の高度になると,カッティはまっすぐに西に向かって飛ぶ.
寒さにぶるっとリルカが震えると,後ろからぎゅっと健が抱きしめてきた.
「ねぇ,タケル.」
暖かいなと思いつつ,リルカは小さく言葉を零した.
「なぜ魔法が使えたの?」
今の健は勇者ワーデルの血をひく者ではない,それなのに……,

「さぁ,なんとなく……,」
健はあいまいに答えた,正直いまいち自分でもわかっていないのだ.
「まぁ,いいんじゃないの.使えるんだし.」
いい加減なことを口にして,嬉しそうに恋人の身体を抱く.
途端にリルカが腕の中で暴れだした.
「ば,馬鹿! どこを触っているのよ!?」
「リルカ,暴れたら危ないって!」
カッティの背からすべり落ちそうになるリルカの身体を健はしっかりと掴んだ.
「このすけべ! 離しなさい!」
「いいじゃん,ちょっとくらい,」
リルカは真っ赤な顔で叫んだ.
「よくない!」

じゃれあう恋人たちに再び呆れたように,カッティは無意味に一つ大きく翼をはためかせる.
「うわっ! ……カッティ,もしかして怒っている?」
リルカは,できうる限りの冷ややかな目つきをした.
「当たり前でしょ.」

健は本当の意味で,勇者なのかもしれない.
きゃいきゃいと痴話げんかを演じながら,リルカは思った.
勇者ワーデルの子孫というだけの自分とは違い,本当の意味で勇者なのだ…….

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