カストーニア王国軍は徴兵制ではなく志願制だ.
6年前から魔王率いる魔族たちの攻撃を受けている割には志願制なのである.
理由は明確だ,足手まといは要らない,むしろ邪魔になるということである.
魔族たちは一斉にラウティたちに向かって襲い掛かってきた.
「ひ,ひぇ!」
「切れ,切るんだ!」
慌てて剣を抜き,敵の攻撃を受ける兵士たち.
狼や犬に似た四足の魔族だ.
鈍く光る緑の目,骨と皮しかないようなやせこけた体,鋭い爪に口元からのぞくさらに鋭い牙.
俊敏に飛び跳ね,人間どもを嘲弄する.
「あ,あ,あ……,」
ラウティは闇雲に剣を振り回した.
しかし剣は空転し,それどころか,
「ラウティ! 俺を切るつもりかよ!?」
ラウティの剣を身軽に避けて,赤毛の少年が叫んだ.
瞬間,
「しっかりしなさい!」
洞窟に響き渡る女性の声.
ラウティら新兵たちは驚いてそちらの方角を見た.
「落ち着いて,ちゃんと剣を構えて.」
兜を脱ぐとあらわになる薄桃色の長い髪.
「さぁ,戦いましょう!」
勇者ワーデルの末裔,カストーニア王国の戦女神.
途端に兵士たちがおぉと勇ましく掛け声を上げる.
ラウティはあっけに取られた.
いやあっけに取られているのはラウティら新米たちだけだ.
新兵だけの集団と思いきや,実は新兵と新兵の振りをした熟練兵との集団だったのだ.
熟練兵たちが慣れたしぐさで剣を抜きさり,魔物たちに切りかかる.
ラウティたちはすっかり騙されていたらしい.
「くっそぉ,悔しいな!」
しかしもう剣は震えない,ラウティは1匹目の魔物を切り裂く.
どばっと噴き出す緑色の返り血を顔面に浴びてしまったが,これはラウティの初戦果だ!
「やったね,ラウティ!」
ウインクしてから,ラウティの隣で赤毛の少年ユーティが近矢で次々と魔物たちを射る.
「油断するなよ!」
黒髪の大男ファンが斧を振るって魔物たちを殴り殺す.
「2匹目,……3匹目!」
ラウティはどんどんと魔物たちの群れの中へ突出していった.
すると当然ながら一人,魔物たちに囲まれる.
「あ……,」
しかしその瞬間一人の少年,いや青年が魔族たちとラウティの間に割って入ってきた.
「我,ワーデル・カストーニアの名にかけて願う,」
こげ茶色の髪,異国の顔立ち.
「光よ,ほとばしれ!」
ラウティを囲んでいた魔物たちが,体内から光を撒き散らしつつ爆発する.
「うわぁぁ!?」
初めて間近で見る聖魔法の威力に,ラウティは頭を抱えて悲鳴を上げてしまう.
「タケル! 洞窟の中で魔法は使っちゃ駄目よ!」
薄桃色の髪の王女が注意すると,健は緊張感無く頭を掻いた.
「あ,それもそうか.洞窟が崩れたら困るものね.」
「じゃ,今日は剣のみで.」
健は腰に帯びた勇者の剣を抜いた.
「危ない!」
ラウティは叫んだ.
ラウティの視線の先で,リルカの背に1匹の魔物が飛び掛ろうとする.
しかしリルカが振りかえるよりも早く,剣が飛んできてその魔物の首筋に刺さった!
ラウティは驚きに声も無く,剣を放った異世界の少年を見つめた.
なんのためらいも無く,自らの唯一の武器を投げ出した少年.
「タケル,」
リルカは剣を魔物から乱暴に抜き取ると,
「ありがとう,返すわよ!」
健とラウティに向かって投げつけてきた.
「どういたしまして!」
健はラウティの頭を下に押し下げて,自らもしゃがみこむ.
剣は彼らの後ろに迫っていた魔族に命中した.
信じられない,なんてめちゃくちゃなんだ!?
ラウティは目が回る思いだ.
強い,強すぎる!
戦闘が終了したとき,新兵たちは体のそこかしこに擦り傷や切り傷を負っていたが,熟練兵たちは皆まったくの無傷で,返り血を浴びてないものさえ居たのであった…….
洞窟からイオン将軍たちが待つ本陣に帰る途中,リルカと健は兵士たちの集団から少し遅れて二人だけで歩いていた.
「たまにはこうゆう訓練も楽しいよな!」
健が楽しげにしゃべりかけると,リルカは無言で健の腕を引き寄せ頬にキスをする.
「な,何?」
柄にもなく照れて,健は赤い顔で聞いた.
リルカも赤い顔でそっぽ向く.
「お礼……,助けてくれたから.」
口付けされた頬を押さえて,健はまじまじとリルカの横顔を見つめた.
ふと思いついて,いたずらっぽく漆黒の瞳を輝かす.
「じゃぁさ,俺が魔王を倒したら,」
そしてごしょごしょと何事かをリルカの耳元で囁く.
「ばっ,馬鹿!」
途端に真っ赤になって,リルカは叫ぶ.
「約束な!」
健は楽しそうに笑った.
「そんなこと約束しないわよ!」
「ひっでー,俺のこと実は遊びだったんだ!?」
わざとらしくなよなよとする健に,心底リルカは呆れた.
「あんたねぇ…….」
聖都,ミッシィ大陸の中心に位置する都である.
そしてこの都はどの国にも属していない.
聖都だけで一つのコミュニティを形成しているのだ.
人類の中心であり,聖なる指導者.
大陸各地にある教会の総本山がここ聖都である.
予定よりもだいぶ遅れて,カストーニア王国軍は聖都へと辿り着いた.
魔族たちはとうに聖都へ到着し,聖都の東,ザミリー平原に陣を置いているらしい.
ザミリー平原,俗名悲しみの平原は1300年前に魔族との最終的な戦場になった場所だ.
「うわぁ,まさにヴァチカンじゃん.」
都をぐるりと囲む城壁,そして中央にある大きな教会.
都を見渡せる高い丘の上に立って,健は感嘆の声を上げた.
健の肩には銀に輝く鳥がのんびりと羽を休めている.
「何階建てなのかなぁ,あの教会.」
いくつもの尖塔が空を突き刺している,そして潔癖なほどの白さ.
この世界で,あれほど大きな建物を見るのは初めてだ.
健の隣でサンサシオンは苦笑した,彼はやっと聖都への帰還を果たしたのだ.
「私とタケルとイオン将軍とサンサシオン様で,教会へ向かいましょう.」
リルカが言うと,3人の男性はそれぞれの個性に合った表情で頷いた.
「我々がきっとラストですね.」
軍隊を置いて街の城壁の中へ入ると,イオンはリルカに向かって話しかけてきた.
「えぇ,そうね.」
リルカは静かに同意する.
街のあちらこちらで見かける外国の軍人たち,もちろんラーラ王国のものも居る.
「教会なんか寄らずに,さっさと戦場へ行こうよ.」
健は退屈そうに伸びをした,肩に止まっていたカッティが休息を邪魔されて不機嫌そうに飛び立つ.
戦場では魔王ガイエンが勇者である自分を待っているのだ.
早く剣をあわせたくてうずうずする.
道中の雑魚キャラたちでは腕がなまってしょうがない.
「駄目よ,タケル.」
リルカは姉のように叱った.
19歳,健の姉の恵(めぐみ)と同じ歳の恋人である.
「これからは教会の指揮のもとで,他国の軍とともに協力して戦うのだから.」
「面倒くさいの.」
健はぼやいた,しかし次の瞬間には何かを思い出したかのようにぽんと手を打つ.
「そうだ! 忘れていた!」
そしていきなり横抱きにリルカの身体に抱きつく.
「リルカの離婚を頼まないといけないよな!」
「ちょっと,タケル!」
リルカは健の腕の中でもがいた,しかも忘れていただと!?
魔王を倒して,リルカを離婚させて,俺のものにするとか言っていたくせに!
リルカにほお擦りする健と,真っ赤になってじたばたと抵抗するリルカを呆れたようにイオンは見やった.
何をじゃれついているのやら…….
「サンサシオン様.我々は先に行きましょうか?」
にこやかな笑顔のイオンに,サンサシオンは少し引きつった笑顔で応えた.
「……そうですね.」
「待ってください,……きゃぁ!」
こめかみに頬にキスを贈られて,リルカは思わず悲鳴を上げてしまった…….