夏休み勇者特論


第二十話  新米の兵士


「24!」
一つ叫んで,健は剣を振るった.
タンポポの綿毛のようにふわふわとした,バスケットボールほどの大きさをした魔物である.
「27!」
リルカも鋭く剣を振るい,魔物を切り裂く.
かわいらしい外見をしているが,魔族は魔族だ.

「25!」
健はリルカと背中合わせで,剣を振るう.
二人を囲むのは,ゴムボールのように跳ねるすばしっこい魔物たちだ.
リルカは振るう剣の一閃ごとに打ちとるが,健は5回に1回は空振りする.

「28!」
リルカが28匹目を捕ると,兵士たちのギャラリーがおぉと歓声を上げる.
「やっぱり素早さは姫様の方が上だよな.」
兵士たちの集団の中,ユーティが誇らしげに腕を組む.
「タケル! しっかりしろ! 俺はお前の方に賭けているんだぞ!」
ユーティの隣でファンは,自分勝手な叱咤激励を飛ばした.

カストーニア王国軍は聖都へと軍を進めていた.
途中,何度も群れからはぐれた魔族の小集団と行き会う.
彼らは魔王に率いられ聖都へと向かった本陣からはぐれた,要は魔族の落ちこぼれたちである.

その相手をすることはカストーニア王国軍にとっては煩雑なだけだ.
しかし人類に害を加える魔物たちを放って置くことはできない.
仕方がないので,イオン将軍は「こうなったら新兵の訓練に当てましょう.」と練習試合のような感覚で戦闘を行う.
そして健やリルカにとっては,まさに賭け事の余興ぐらいにしかならないのであった.

「42!」
リルカが最後の一匹をしとめると,健はあ〜あ,と空を仰いだ.
「姫様42匹タケル39匹で,姫様の勝ちね!」
ユーティはじゃらじゃらと銅貨をもてあそぶ.
「姫様に賭けた人,お金を取りに来て〜!」
行軍中だというのに,なんとも不謹慎な兵士たちである.

「タケル〜,せっかくお前に45デント(約5000円)も賭けたのに!」
ファンが怒りながら健の傍までやって来ると,健は情けなさそうに頭を掻いた.
「ちぇー,魔法有りの条件なら勝てたのに.」
するとリルカが楽しそうに微笑む.
「あら,負け惜しみはかっこ悪いわよ,タケル.」

魔物退治をしながらの移動なので,カストーニア王国軍の聖都への進軍は予定よりもだいぶ遅れていた.
聖都へ向かう魔族を追いかけながら,魔族の本体からはぐれた脱落者たちを狩りつづける.
彼らは今,ボルツ王国内を南下していた.

「勇ましいのですね,姫君は.」
この期間を訓練として有効に使う男が,カストーニア王国軍の中には居る.
戦場に立つことを決意した10祭司の一人……,
「見てらしたのですか? サンサシオン様.」
恥ずかしげに顔を赤らめて,リルカは問うた.

「えぇ,あなたを…….」
サンサシオンはおかしげにくすくすと笑みを漏らした.
健とリルカの操る聖魔法とはまた異なった聖なる力で魔物を打ち倒す教会の男.
カストーニア王国軍の新兵の中ではダントツに戦力になる,頼りになる戦士である.

「リルカ.」
と,そこに健がやってきてリルカの肩を抱く.
「次に魔物の群れを見つけたら,今度は魔法のみで勝負しようぜ.」
サンサシオンの視線の意味など気付かずに,楽しげに提案をする.
「あのねぇ,遊びじゃないのだから,」
肩に置かれた健の手をつねって,リルカは恋人の顔をねめつける.
「遊びだろ? イオン将軍なんて訓練にちょうどいい群れが見つかったら倒さずに取って置いてくれなんて言うし.」

一つウインクをしてから,健はリルカの傍を離れた.
「カッティ!」
そうして空をゆく銀の鳥に向かって声を上げる.
「じゃ,俺,周りを偵察しに行くから.」
リルカに向かってあどけない笑顔を見せて,健は降りてきたカッティの背に飛び乗った.

あっという間に空の住民になってしまった恋人に対して,リルカは呆れたように文句を言う.
「勝手なんだから!」
ぷんぷんと腹を立てるリルカの隣でおかしそうにサンサシオンが笑う.
「タケルは楽しいですね.」

そして健は偵察ついでに,魔物の小集団を見つけたら一人で始末してしまう.
もしくは訓練に程よいと思われる群れならば,適当に数を減らしてから将軍イオンに教えるのだ.
器用にレベルの低い魔物たちだけを残して,新兵に相手させるのである.

「姫様,イオン将軍が探していましたよ.」
リルカとサンサシオンの元へ,少しだけ心配顔のアリアがやって来た.
「新兵の訓練のことでご相談があるそうです.」
「ありがとう,アリア.……それではサンサシオン様,失礼します.」
軽くお辞儀をしてから,リルカは背を向ける.

サンサシオンは去りゆくリルカの小さな後姿を見つめ,ふとアリアが遠慮がちにこちらを見つめていることに気付いた.
「あの,サンサシオン様,こんなことを言うのは……,あの,」
しかし意を決したように,アリアはまっすぐにサンサシオンの顔を見つめた.
「姫様はタケルのことがお好きなんです,何年も前から……,もしかしたら出会ったときから.だから,」

深刻な表情のアリアに,サンサシオンは苦笑する.
「いや,アリア殿.あなたは誤解なさっていますよ.」
薄桃色の髪,琥珀の瞳.
「私は教会の人間です,外の女性に恋情を抱くということなどありません.」
サンサシオンはアリアを安心させるように微笑んだ.

“サンサシオン様,俺,名誉よりも欲しいものがあるんです!”
意志の強い漆黒の瞳,迷いも無く愛する女性ただ一人だけを選ぶ.
「それに私はタケルの友人ですよ.」
“リルカを下さい,このカストーニア王国の王女を!”
そう,健のあけすけな恋心に少しあてられているだけだ.
初めてできた友人の感情につられているだけ…….

次の日の朝早く,カストーニア王国軍の新兵たちは魔族討伐の最高指揮官である将軍イオンによって集められた.
「ここから少し西に行ったところの洞窟に魔族たちが巣食っているらしい.」
将軍は自らの逞しい体格に合った朗々とした声で告げる.
「これは訓練だ,新兵だけで魔物たちを掃討してこい!」

新米の兵士たちは,ざわめきたった.
中にはこの聖都への行軍が初めての軍隊行動の者もいる.
「おいおい,本気かよ.」
新人の一人であるラウティはつぶやいた.
今年軍に入ったばかりの15歳の少年である.

しかし軍で上官に逆らうわけにはいかない.
結局,戦闘に不慣れなものばかり約200名で西の洞窟とやらに向かう.
「いきなり最前線どころか,新兵だけで敵の中へ放り出されるなんて…….」
乾いた砂埃の舞う道を歩きつつラウティがぼやくと,隣を歩く赤毛の少年が答えた.
「そうだよなぁ,無責任だよなぁ.」
しかし言葉とは裏腹に少し楽しげな様子だ.

洞窟の入り口まで辿り着くと,ラウティたちの足は止まった.
先の見えない真っ暗闇の洞窟を前にして,誰もが足を踏み入れるのを躊躇しているのだ.
「くっそぉ……,」
ラウティは悔しそうに歯噛みして洞窟の入り口を睨む.
正直,怖い…….
彼らが普段頼りにしている上官や熟練兵たちは居ない.
誰も彼らを助けてくれないのだ!

「ようこそカストーニア王国軍へ.」
淡い桃色の髪の女性がふんわりと微笑んだ.
「魔族との戦いを決意したあなた方の勇気に,尊敬と感謝の念を捧げます.」
初めて軍に入ったときだ,戦女神の異名を持つ王女が彼ら新人に向かって言ったのだ.
女性らしいまろやかな笑みを持つ王女はしかし,常に最前線にその身を置く…….

「よ,よし.行くぞ!」
少しだけ声が震えたが,勇ましくラウティは第一歩を踏み出した.
「あ,待ってよ.ラウティ!」
ラウティの後を慌てて,知り合ったばかりの赤毛の少年が追いかける.
「お,俺も行こう…….」
他の兵士たちも少しずつ洞窟の中へと入ってゆく.
「あぁ,俺たちだってちゃんと訓練を受けた軍人だ.」

暗い洞窟に入り,だんだんと暗さに目が慣れてくると,俄然ラウティは強気になってきた.
「た,たいした事ないじゃん! てゆうか,魔物なんか居ないし!」
上ずった声でしゃべると,
「……それはどうかな?」
隣を歩く黒髪の大男が,にやっとラウティに笑いかけてきた.

「何? どうゆう,」
ラウティが男に問いかけようとした瞬間,
「うわぁあああ!?」
「か,囲まれているぞ!?」
兵士たちが口々に叫ぶ,いつの間にか彼らは魔族たちに囲まれていたのだ!

「そ,そんな……,」
ラウティはおろおろと周りを見回した.
暗い洞窟の中で魔物たちの緑の目が光る.
腰から剣を抜きさると,情けないことにその切っ先が震えた…….

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