夏休み勇者特論


第十八話 恋情の三人


王城の自分の部屋のベッドの中で,リルカは目を覚ました.
朝の光が,涙で腫れあがった目にまぶしい.
昨日の夕方頃,リルカは城へと戻ってきたのだ.

城は魔族の襲撃によって燦々たる有様だった…….
これでもだいぶ復旧したのだろう,それは疲れ果てたバキ老人たちの顔で分かる.
守れなかった……! この城を,この国を!
ぎゅっと固く目をつぶると,再び涙がこぼれた.

「うわぁ,リルカ,今すっごく不細工な顔をしているぞ!」
といきなり,ベッドの脇から声が降ってきた.
「え?」
涙をこすって見上げると,なぜだか楽しそうな顔をした健が立っている.
「アリアがさ,姫様が一晩中泣いていたからなぐさめてくれって,」
途端にリルカの顔が真っ赤になった.

「泣くなよ.リルカのせいじゃないって!」
と言って,健はベッドに乗り込んでくる.
「タケル……,」
リルカは戸惑った声を上げた.
「悪いのは魔族の方なんだから,落ち込むなよ.」
やさしく慰めの言葉をつむぐのだが,
「ちょっと,あの,」
完璧にベッドの上で押し倒された状態で,リルカは叫んだ.
「言っていることとやっていることが違うわよ! タケル!」

さらに文句を言おうとすると,強引に唇を塞がれる.
もう何度この少年と口付けを交わしたのだろう…….
「アリアの許可ももらったことだし,」
うれしそうに健はリルカの額に頬に耳に口付けを贈る.
「じゃ,いただきます.」
「きゃぁ!? 辞めなさいよ! 馬鹿馬鹿馬鹿!」

すると,
「なぐさめていいとは言ったけど,押し倒していいとは言ってないわよ!」
待っていたかのようにばんっと乱暴に部屋のドアが開いて,アリアが叫んだ.
残念そうな顔をする健の下で,リルカは安堵と呆れの長い長いため息を吐くのであった…….

「それでは魔族は聖都へ向かっているのですね.」
会議室でリルカは一同に向かって確認するように言った.
面白くなさそうな顔でテーブルに頬杖をついている健,その隣に洗練された佇まいのサンサシオン.
難しい顔をしている壮年の将軍イオン,どことなく魔族からの襲撃以後老けてしまったように感じられる執政官代理バキ.

「えぇ,ラーラ王国を南下し,今ボルツ王国を一路南に縦断中らしいです.」
リルカのはす向かいに座るイオンは答えた.
ラーラ王国からは幾度となく援軍の要請を受けた.
結局,こちらが軍を動かす前に魔族がラーラ王国から去ってしまったのだが.
「そのうち聖都から軍隊の派遣を求められるでしょう…….」
イオンは深く沈んだ表情で告げた.

「なぁ,それって変じゃないか?」
すると今まで黙っていた健がしゃべりだす.
「今までカストーニア王国だけが攻撃を受けていたときは誰も助けてくれなかったのに,なぜ皆当たり前のようにこちらに援軍を要求するんだ?」
「タケル!」
教会の人間であるサンサシオンを憚って,バキは声を上げた.

しかしサンサシオンは軽く微笑んで,老人を制する.
「いや,私もタケルと同じ意見ですよ.」
柔らかな微笑みの中に強固な意志を感じさせる.
「この世界の住民はあなた方に頼りすぎだ.」
「たとえそうであっても,」
サンサシオンに対して,いや全員に対してリルカは口を開いた.
「勇者ワーデルの末裔である私たちがやらなくてはいけないのです.」

澄んだ琥珀の瞳,頑強さは感じられないのに確かな強さがそこには息づいている…….
「そうですね.」
軽く肩を竦めて,イオンが笑った.
「魔族とまともに戦えるのは我々カストーニアの民だけですからね.」

そう,魔族が城に攻めて来たといっても,そこまでの人的被害をこの国は受けていない.
他の国家ならこうはいかなかっただろう.
勇者ワーデルの血縁が建国したカストーニア王国,魔族退治の特殊な一族…….

結局,王城の簡単な復旧が済み次第,軍を聖都へ向けて進発することが決定されて会議は終わった.
会議の後,リルカは将軍イオンに声を掛ける.
彼はリルカにとっては親代わりでもあり,戦闘技術,また戦術の師でもあった.

それを遠めに見やりながら,健は未だカストーニア王国に留まりつづけているサンサシオンに向かって聞いた.
「なぁ,サニー.サニーは聖都へ帰らなくていいのか?」
健にしては遠慮がちに訊ねる.
聖都が魔族の攻撃にさらされようとしている今,祭司の一人であるサンサシオンがまだここにいていいのだろうか?
「俺の怪我ならもうだいぶよくなったし,……帰らなくて大丈夫なの?」
するとサンサシオンは柔らかく微笑んで答えた.
「タケル,ちょっと二人で話さないかい?」
決意を秘めたサンサシオンの顔に,健は少し驚いて頷いた.

会議室のバルコニーに出ると,下に見える王城の中庭ではリルカとイオンがなにやら話し合っていた.
それを眺めやってから,健はサンサシオンに向き直る.
リルカの居場所を確認することは,健のくせのようなものだ.
「私は今の教会のあり方に疑問を感じている……,」
長い睫を伏せて,サンサシオンはおもむろに話し出した.
「1300年前の魔族との聖戦では,我々人間の代表として戦っていたのに,今の教会はすっかり不抜けている!」

「今ごろ慌てて各国に援軍を要請していると思うと,すごく情けないさ!」
この青年にしては珍しく,憤りを隠しもせずに言い募る.
「我々教会の人間こそが,先頭に立って戦うべきなのに!」
「ちょっと待ってよ,サニー.」
健は慌てて,手を振った.
「俺,いまいち教会って何か知らないんだよ.」

するとサンサシオンは少し皮肉気に,にこっと微笑んだ.
「教会は教会だよ,タケル.我々人間の導き手,仰ぐべき指導者.」
ということはやはりキリスト教のような宗教なのだろうか,健は首をかしげる.
「勇者ワーデルの血脈とはまた違った聖なる力を行使する一族…….」
サンサシオンは健に向かって,きっぱりと宣言した.
「私は君たち,カストーニア王国軍についてゆく.」
"たとえそうであっても,"
「私に戦い方を教えてくれ,タケル.」
"勇者ワーデルの末裔である私たちがやらなくてはいけないのです."

薄桃色の髪,か弱げに見える外見なのに驚くべき強さを持っている.
20歳の男である自分が19歳の少女に負けていられるわけがない.
「あ,あぁ.」
健は戸惑ったままで頷いた.
そのまま二人,中庭のリルカと壮年の将軍の方へなんとなく視線を送る.

するとリルカがこちらに気付いて,にこりと微笑んだ.
その柔らかな笑みに,思わずサンサシオンは目を見張る.
しかしふと心づいて隣を見れば,健がへらへらと笑ってリルカの微笑みに応えていた.
なんだろう,なんとなくがっかりする…….
サンサシオンは複雑な顔で健の横顔を見つめた.

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