夏休み勇者特論


第十四話 勇者の条件


「ヒーローの条件.」
僕は声に出して言ってみた.
「1,決め台詞がある.2,決めポーズがある.3,必殺技がある.」
すると呆れたようにリルカが笑う.
「なぁに,それは?」
「そして4,お姫様を守る,かなぁ.」
するとリルカの頬がピンク色に染まる.
リルカの髪と同じ色だ.
「タケルったら,将来たらしになる可能性が大ね!」

暗い部屋の中で健は目覚めた.
「リルカ!」
がばっとベッドから跳ね起きる.
“……姫様は魔王に攫われた.”
「くそっ.」
健はベッドから降りて,脇に置いてあった剣を掴む.
「カッティ! どこだ!?」
窓を開けると,外は真っ暗だった.

すると部屋の扉が開いて光が差し込む.
「タケル! 落ち着けよ!」
大きな体躯を持つファンである.
ファンの影が長く部屋に伸びる.
「姫様は多分,……無事だ! 説明をするから落ち着いてくれ!」

続き部屋では,大きなテーブルにイオンとユーティが座っていた.
真っ青な顔色の健を見て,二人は少しだけ悲しげな顔を見せる.
いつもは陽気で明るい少年なのに,今は殺気剥き出しの話し掛けることさえ憚れるような青年だ.

「タケル,座れ.」
どかっと椅子に腰掛けて,ファンは健に自分の隣の席を指し示した.
無言で健は指示に従う.
「魔王が復活したよ,タケル.」
魔族討伐隊の指揮官であるイオンがさっそく口を開いた.

「今日の朝のことだ,城にカイザック王子がお一人で来られてな.」
健は軽く驚いた,兵隊を連れずに一人で来たとは…….
案外,あの男は本気でリルカのことを愛しているのかもしれない.
「それで姫様が二人できっちりと話し合いたいとおっしゃったので,」
続きは赤毛の少年ユーティが受け持つ.
「姫様たちの居る部屋の前の廊下で,俺とファンは,まぁ,平たく言えば聞き耳を立ててたんだ.」

「そしたらいきなり騒がしくなって,扉が開いてカイザック王子が部屋から飛び出してきた.」
ユーティの瞳に侮蔑ともつかない怒りが映る.
「あいつ,姫様を置いて逃げたんだ.俺たちが部屋の中に入ったときはもうすでに姫様は魔王に捕らわれていて……,」

「どんな仕掛けか良く分からないが,」
ファンが苦々しげに口をはさんできた.
「いきなり中庭に大量の魔物たちが現れてな…….俺たちも必死で応戦したけど,……結局姫様は攫われて,城はめちゃくちゃだ!」
「それで,リルカは,」
情けないことに健の声は震えた.
「……魔の森に連れて行かれたのか?」

「タケル,魔王の目的は勇者ワーデルの末裔である君と姫様の命だ.」
青い顔をした健をしっかりと見つめて,イオンは言った.
「なのに,魔王は姫様を殺さずにただ連れ帰った.」
イオンは一旦俯いてから,再び健に向き直る.
「何か目的があるのだろう,……だから姫様は多分まだご無事だと思う.」

暗い洞窟の中でリルカは目覚めた.
寒さにぶるっと震えて我が身を抱き,そうして起き上がる.
腰に剣があることを確かめてから,リルカは洞窟の中を歩き回る.
そうしてすぐに自分をここへと連れてきた魔物を発見した.

健だ……,健そのものの姿をした魔族の頭領.
健が勇者として成長してゆくのに合わせて,その身を健に近づける.
そして健が自分という恋人を得るのをきっと待っていたのだろう…….

1300年前の再現,それがこいつの狙いだ!
目をつぶり,瞑想しているような魔王ガイエンに向かってリルカは剣を振るった!

途端に衝撃波がリルカに襲い掛かる.
後方へ勢い良く吹き飛ばされて,洞窟の壁に激突する.
「うぅ…….」
倒れこむリルカの傍にゆっくりとガイエンがやって来た.
「1300年前,恋人を目の前で殺された勇者は,」
リルカはきっと魔王を睨みつける.
「その怒りと悲しみによって,魔王を封印した.」

「あなたの目的は世界征服なんかじゃない.」
永遠の生をひと時の死を…….
「再び安息の死を手に入れること!」
彼は永遠を旅する者…….

だからカストーニア王国ばかりを狙う,勇者ワーデルの末裔に勝負を挑むのだ.
「死にたきゃ,勝手に死になさいよ!」
リルカは泣き叫んだ.
「私たちを巻き込まないで!」
その唇に,健そのものの姿をした魔物は口付けた…….

次の日の早朝,健たちは軍を率いて再び国境付近へと向かった.
馬車の中で健は勇者の剣を抱き,苛立たしげに貧乏ゆすりを繰り返す.
一人で魔の森へ向かおうとする健を,ファンとユーティが必死になって引き止めるのだ.

余りにも無謀すぎる……!
しかしそんなことは健とて分かっている.
分かっているのだけれども……!

「リルカに怪我の一つでもさせてみろ……,」
健の両眼に暗い炎が映る.
「もっとも苦しむ方法で殺してやる!」
狂気に傾きそうな健の肩の上で,カッティが心配そうな声で一鳴きした.

8日の旅路を終えて,カストーニア王国軍は国境の砦へと帰ってきた.
留守番の兵士たちが驚いて,健たちを迎える.
「どうしたのですか? 魔族からの攻撃はまだまだありませんよ.」
彼らは王城が襲われたことを知らないのだ.
将軍イオンは複雑な顔で彼らに事情を説明した.

砦の見張り台に立ち,健は遠くに薄闇がかった森を眺めた.
魔族の根城,魔の森と呼称される木々の群生.
肩では銀に輝く鳥が,なぐさめるように健の頬に頬すりをしている.
「……リルカ.」

ヒーローの条件…….
それは何よりもお姫様を守ること.

「魔王ガイエン!」
いきなり健は森の方へ向かって叫びだした.
驚いてカッティが肩から飛び立つ.
「俺が来たぞ!」
見張り台にいる兵士たちが健の行動にぎょっとする.
「会いたいだろう!? 早く来い!」

「タケル,さすがに聞こえないよ.」
一人の兵士が同情したように声をかける.
しかし健は黙って視線を森の方へと固定した…….

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