夏休み勇者特論


第九話 不和の集団


6年間,ずっと戦いつづけてきた.
戦場に立ち,リルカは隣の少年に目を向けた.
こげ茶色の髪をした異世界の少年は,近づいてくる魔物たちの群れを見ている.

戦場で父が死に,ついで兄が,そして母も殺された.
たくさん居た一族のものたちも皆,魔族との戦場に倒れた.
リルカ自身は2年前に健とともに初陣を果たして以来,まだなんとか生きている.

「リルカ,行こう.」
腰に帯びた勇者の剣を抜いて,健は言った.
「えぇ.」
回想から覚めて,リルカは答えた.

でも,これも今年の夏で終わるのかもしれない.
健こそが,自分が待ち望んでいた,いや魔王が待ち望んでいた勇者だからだ.

「我,ワーデル・カストーニアの名にかけて願う,」
先頭を切って,健は魔族たちの陣に突っ込んだ.
「雷の槌よ!」
何条もの雷が健の周囲に落ちる.
雷が打ちもらした魔物たちは,少し遅れてついてきたリルカが鮮やかに切り捨てる.

「我,ワーデル・カストーニアの名にかけて願う,」
もうこの聖魔法の使い手はリルカと健のただ二人だけしか居ない.
リルカは恨みを込めた瞳で魔物たちを睨んだ.
「凍える水よ!」
聖なる魔力を受けて,汚水ような色のゲル状の魔物たちが凍りつく.
今度は健が凍った魔物たちに剣でとどめを刺した.

健とリルカの戦い振りを兵士たちは,魔物と打ち合いながら感心したように眺めた.
二人揃えば,強いなんてものじゃない.
2年前の初陣以来,この国最強のコンビだ.

誇らしげに彼らの主君の戦い振りを眺めながら戦うカストーニア王国軍に対して,ラーラ王国の兵士たちにはそのようなゆとりなどない.
必死にただ目の前にいる敵に対応しているだけだ.
彼らはつい1ヶ月前にこの戦場に配属されたばかり,いまだに魔族たちに怯え,まともに戦うことができない者さえいる.

「援助といっても,余り役に立ってないよね.」
遠矢で魔物たちを射殺しながら,ユーティは隣の黒い髪の男に言った.
「まぁ,居ないよりはまし程度だな.」
ファンも辛らつに答える.

しかも彼らの指揮官であるカイザック王子は戦場に出たり出なかったりだ.
これでは常に最前線にその身を置くリルカに,軟弱者呼ばわりされても全く文句は言えない.

「ガイエン!」
熱くその名を呼んで,健は銀の甲冑を着込んだ人間としか思えない魔物に対した.
がきぃ…… ん.
耳に痛い音を響かせて,第一撃目を合わせる.

次の瞬間にはリルカも割り込んできて,3者で打ち合う.
空から銀に輝く翼を羽ばたかせて,カッティがその光景を見下ろしている.
打ち合いながら,魔王の剣さばきに健は眉をひそめた.
まるでカストーニア王国騎士のような剣術だ.

そしてガイエンはなぜかリルカの方にばかり攻撃を仕掛ける.
「なんだよ,つれないな!」
健は何度もリルカと魔王との間に入ろうと試みた.
「リルカ,下がっていて!」
しかしリルカは余りの猛攻に下がるタイミングを計れないでいる.

去年の初めての打ち合い以来,この魔王とは何度も剣を合わせてきた.
しかしこんなにもリルカばかりを集中攻撃するのは初めてだ.
魔王の目的は,勇者ワーデルの血脈の断絶.
健もリルカも同じように魔族たちのターゲットだったはずだ.

「俺が傍にいて……,」
健はやっとのことで,リルカを後ろに追いやりガイエンの真正面に出た.
「リルカに指一本でも触れられると思うなよ!」
互いの剣が激突し,健の眼前で火花が散る.

「カンティオーネ!」
リルカは空を飛ぶ銀の鳥に呼びかけた.
カストーニア王国の守護聖獣,空を征く勇者の翼.
「我,リルカ・カストーニアの名において命じる,」
リルカは健と絡み合うように打ち合う魔王をきっと睨みつけた.
「炎の風!」

カッティが上空からごお,と炎のブレスを吐く.
「うおぉおぉ…….」
まるで人間のような叫び声を上げて,魔王ガイエンが炎に包まれる.
肉の焼ける嫌なにおい,しかし健は前に踏み込んだ.

「これで終わりだ!」
健の剣が円を描いて,魔王の首を刈り取る!
炎に燻されたまま,兜ごと頭が胴体から飛び離れる.
「やった!」
しかし次の瞬間,魔王の頭も胴体も幻のように消え失せた.

「なっ…….」
健は目を瞠った.
健とリルカの周囲で,彼らを囲んでいた魔族たちがわっと逃げ出す.
完璧な勝利のはずだ.
しかし魔王を倒したのだという手ごたえが無かった.

「リルカ.」
健は困ったようにリルカに問い掛けた.
「あいつ,死んだの?」
しかしリルカは質問に対して質問を返してきた.
「タケルはどう思う?」
少し間を開けてから,健は口を開く.
「多分,死んでない.」
「なら,きっとそうなのだわ.」
リルカははっきりと答えた.

戦場では魔族を追い払ったと兵士たちが歓声を上げている.
健が魔王を倒したと思い込んでいるのだ.
「違うって説明しなきゃ……,」
健はリルカの手を取って,砦防衛の任を果たした兵士たちの元へ向かった.

砦に戻って,健は手ごたえが無かったことを正直に告げた.
「腕を切り落としたときと同じだ,しばらく経ったらまた復活すると思う.」
するとイオンが怪訝な顔で訊ねる.
「しかし首を落としたのだろう? 首を切られてもまだ生きている生物などいるのだろうか?」
「それは……,」
言葉に詰まる健に代わって,今度はリルカが前に出る.
「魔王とはそのような存在では無いのです.」
そうして喜びに浮き立とうとする一同に向かって言う.
「タケルが倒していないというのならば,そのとおりなのです.」

「リルカ……,」
健は不安な心持ちになってつぶやいた.
この姫君は魔王について,皆に何か隠し事をしていないか?
「リルカ姫.」
すると戦いをサボタージュしていたらしいラーラ王国の王子が彼らのもとへやって来た.

「これでやっと平和になるのですね.」
リルカに向かって嬉しそうに微笑む.
「我が王国の兵士たちも故国へ帰れると喜んでおります.」
しかしリルカは困ったように首を振った.
「いいえ,まだ戦いは終わっていません.」
ふと健に手を取られていることに気付いて,リルカは慌てて振りほどいた.

「何ヶ月後かには,魔王ガイエンはきっと再び復活を果たすでしょう.」
カイザックは「そうか…….」とだけ小さくつぶやいた.
「しかしリルカ姫は一旦,王城へ帰るのでしょう?」
「えぇ.」
リルカは頷いた,魔王がいなければ魔族からの攻撃は微々たるものだ.
国の主であるリルカ自らが戦いに赴く必要など無い.

「やっとあなたを父上と母上に紹介できますね.」
カイザックは優しげにリルカに向かって微笑んだ.
しかしそれに対して,リルカの顔はさっと青ざめる.
自分がすでに結婚した身であることを思い出したのだ.
「あなたの帰る場所はもうカストーニア王国の城ではない,我がラーラ王国の城ですよ.」

「私……,」
情けないことにリルカの声はかすかに震えた.
しかし次の瞬間には,無理やりに笑ってみせる.
「そうですね,カイザック様のご両親にご挨拶を……,」
するとリルカはいきなり口を塞がれた.
後ろから健が手でリルカの口を塞ぎ,カイザックを睨みつけているのだ.

健の顔つき,そして彼ら3人を囲む自国の兵士たちの不穏な空気にリルカは青ざめた…….

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