夏休み勇者特論


第八話 王子の宣告


まさに御伽噺に出てくる王子の肖像だ.
金髪碧眼,端整な顔立ちの22歳の男.
それがリルカの夫だった.

「君はなぜ,カストーニア王国が我が王国へ援助を請うたのか聞いたかい?」
カイザックの瞳に映るかすかな優越を,健はむっとして見つめた.
「聞いてないけど……,」
よく考えれば,この男と二人きりでしゃべるのは初めてだ.
健の肩では,主人と同じようにカッティがカイザックを睨んでいる.
「で,わざわざ教えてくれるわけ? ……感謝感激雨あられだね.」
健はせいぜい馬鹿にしたように言った.

「君のせいだよ.」
カイザックはにっこりと微笑んで答えた.
予想外の答えに,健は驚いてカイザックの顔を見返す.
「去年の夏,君は魔王の片腕を切り落としただろう?」
健は頷いた.
しかしその切り落とした右腕はすでに再生していることを,健は昨日の戦闘で知っている.
「その君が切った右腕だけど,3ヶ月くらい前に再生したらしいね.」
健は怪訝な顔をした,何を言うつもりなのだ…….
「それからほとんど毎日のように,カストーニア王国は魔族の攻撃を受けている.」
男の笑みが一層,ゆがんだように健には感じられた.

「魔王は君に復讐するために,カストーニア王国を攻めているのさ.」
「な……,」
カイザックのセリフに健は愕然とする.
「それでさすがに自国だけでは対処できなくなって,我が王国へ助けを求めに来たのだよ.」
驚く健の顔を満足げに見やって,カイザックは言葉を継ぐ.
「リルカ姫自らが頼みに来た,それがつい1ヶ月前のことだ.」

「俺の,せいで…….」
そんなこと,リルカもファンもユーティも誰も何も言わなかった.
いつもどおりに健を迎えいれてくれた.
「かわいらしいお姫様だね.」
健はぎくっとして男の顔を見上げた.
「本気で手に入れたくなった……,昨夜はあんなにも初心な反応を返されるとは思わなかったよ.」
カイザックが,リルカの夫が軽やかに笑う.
情けない気持ちで言葉が返せずに,健はカイザックの前から逃げ出した.

走って走って,男の笑い声を打ち消そうとする.
「なんだよ,それ…….」
今年の夏はいつもとは違うことばかりだ.
砦にいる他国の兵士たち,結婚したリルカ,毎日攻めてくる魔族,そして人の顔を持つ魔王!

息を切らしながら自分の部屋まで戻ると,健はドアを閉めてベッドに倒れこんだ.
嫉妬で頭の中が煮えたぎりそうだった.
「リルカ……,」
俺が夏しかこの国へと来ないから…….

健が居ない間も,リルカたちは戦いつづけているのだ.
魔王が復活してから6年もの間,魔族たちの猛攻に必死に耐えているのである.
慰めるようにカッティが健の髪をくちばしで引っ張った.

枕につっぷっしてどれだけ時間が経ったろう.
ふと,健は自分の髪を撫でる手の存在に気づいた.
顔も確認せずに,健はさっと盗むようにその白い手を取った.
いきなり動いた健に驚いて,カッティは枕もとから飛び立つ.
案の定,薄桃色の髪の女性が驚いた顔をして,健に手を捕まれていた.

「タケルのせいじゃないわよ.」
リルカは優しく微笑んで言った.
あの男から何か聞いたのだろうか,健は敗北感に打ちのめされながらリルカの顔を見た.
「タケルはよくやってくれている,むしろ私が,私たちがタケルに頼りすぎているのよ.」

健は掴んだ腕を引き寄せて,リルカの細い身体を抱きしめた.
「どんな風に言われたのか分からないけど,そんなことで落ち込まないで.」
リルカは優しく健の背中を撫でた.

……完璧に子供扱いだ.
「ガキ扱いすんなよ…….」
すると耳元で軽やかにリルカが笑う.
「タケルは私のかわいい弟よ.」
確かリルカは初めて会ったときに,自分のことはお姉ちゃんと呼んでいいと言っていた.
そのとき,自分はなんと返したのだろうか…….
二つも年上だろ,ばばぁじゃん,ばばぁ! と言ったような…….

健は一つため息を吐いた.
「今年の夏はいつもと違うことばかりだ.」
「そうね,今年のタケルはなんだか怖いわ.」
リルカの意外な発言に健は漆黒の瞳を見張る.
「怖い? なぜ?」
身体を離して,リルカの瞳をまっすぐに見つめる.
リルカは琥珀色の瞳を伏せて健の視線から逃げた.

“かわいらしいお姫様だね.”
“昨夜はあんなにも初心な反応を返されるとは思わなかったよ.”
健は黙ってリルカの身体をベッドの上に押し倒した.
「え?」
ぎくっと顔をこわばらせるリルカを無視して,健はその首筋に顔をうずめる.
「ちょっと,タケル!」
途端に真っ赤になってリルカは叫んだ.
「止めなさい! 止めて! 止めてったら!」
リルカは抵抗したが,ものすごい力でベッドに押し付けられてしまっていて逃げられない.

するとばんと乱暴に部屋の扉が開いた.
「姫様を離しなさい!」
亜麻色の髪のアリアである,背後には呆れ顔のファンとユーティを従えている.
「ア,アリア!?」
健は真っ赤になって,慌ててリルカから離れた.
「心配だから廊下で張っていたら,案の定…….」
きっと健の顔を睨みつける.

「タケルさぁ,物事には順序があるだろ…….」
ファンが心底呆れた声で言うと,少し顔を赤らめてユーティも言う.
「俺,タケルがこんなにも手の早いヤツだとは思わなかったよ.」
リルカを押し倒した状態で,言い訳などできようはずがない.
真っ赤な顔で健はむなしく口を開閉させた.
「姫様の上からどきなさい! このスケベ小僧!」
アリアが健の耳を引っ張る.
「痛い,痛いってば!」

すると,いきなり砦全体が騒がしくなった.
いや,やっとそのことに一同が気付いたというべきか.
この騒がしさの原因など,分かりきっている.
「行きましょう.」
健を押しのけて,リルカは言った.

「はい!」
勇ましくファンとユーティが答える.
健は情けない顔つきで,一気に王女の顔になってしまったリルカを見つめた.

砦の前庭ではすでに魔族討伐隊の指揮官であるイオンが兵を整えていた.
やってきたリルカたちに気付いて手を挙げる.
「姫様,魔王ガイエンが陣のだいぶ前の方にでていますよ.」
リルカはこっくりと頷いた,その後ろで健がぼやく.
「今は会いたくないってのに…….」
「……だから来たのかも.」

「え?」
リルカの小さな声に,健は戸惑った声を上げた.
「イオン将軍,私はタケルとともに魔王の相手をします.」
しかしリルカはそれには構わずに,イオンに対して言った.
「軍の方は頼みます.」
「はい,お任せあれ,姫君.」
イオンは頼もしく頷いた.

そうしてリルカは健の方を向いて言う.
「タケル,一緒に行きましょう.」
勇ましい顔つきで健に命令をする.
「おっけい,リルカ.俺から離れるなよ.」
するとリルカはくすっと笑った.

「久しぶりに倒した魔物の数でも競う?」
勝気に健に向かって微笑みかける.
「それともどちらが魔王を再び封印するか……,」
琥珀色の瞳が好戦的な光を帯びて,きらきらと輝く.
「あいつは俺が倒すよ.」
健はきっぱりと答えた.

「そしてリルカを取り戻す.」
漆黒の瞳で,恋する女性をまっすぐに見つめる.
「あんな男にリルカはやれないから.」
少年ではなく男の顔で微笑んだ.

“本気で手に入れたくなった…….”
俺だって本気さ,ちょっと気付くのが遅かったけど.
俺をヒーローにしたのは,このリルカだから.
リルカを守りたいから,強くなったんだ…….

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