夏休み勇者特論


第四話 姫君の結婚


結婚式の朝,腹が立つほどに見事に晴れた空の下で,
「なんだよ,タケル.その格好!?」
友人のファンとユーティに指差されながら笑われて,健はぶすっとした.
「悪かったな,一応カストーニア王国の王族として式に出席するんだよ.」

まるで学芸会の王子様のような衣装だ.
ひらひらのフリルが,健の顔をさらに不機嫌にさせる.
しかし決定的にお芝居とは違うのは腰に帯びた剣の重み,カストーニア王国の国宝,勇者の剣である.
「で,作戦ってのは?」
上等な絹の服で居心地悪そうに,健は聞いた.
するときょとんとして赤毛の髪の少年,ユーティは言った.
「え? タケルが何か考えたんじゃなかったの?」

「へ? 俺はてっきりもう作戦があるものだと,」
健は驚いて聞き返した.
その頭上では3人を馬鹿にするようにカッティが飛んでいる.
すると困ったように黒髪の青年,ファンが笑う.
「困ったな,何にも考えが浮かばないぜ…….」

そのとき,ごーんごーんと威圧的に鐘の音が鳴り響いた.
国境の砦に付随する教会の鐘の音だ,リルカの結婚式がついに始まるのだ.
「じゃ,とりあえず俺は行くから.」
慌てて健は教会の中へ入った.
平民であり,ただの一兵卒であるファンとユーティは出席できないのだ.

多くのRPGがそうであるように,この世界にも教会が存在する.
しかも昔のヨーロッパと同じように結構な権力があるらしい.
そして結婚式の様子もあまり地球とは異ならない.
見知らぬ男に手を引かれて祭壇へと進むリルカの姿を健はむっとして見つめた.

健をこの世界へと連れてきた女性.
そして健に聖魔法の使い方を教えたのもこのリルカだ.
自分にはもう健しか身内は居ないと寂しげに微笑んだ…….

するといきなり腕を突かれて,健は驚いて隣に座る男の顔を見た.
「おい,何もしないのか?」
壮年の将軍,健にとっては剣の師匠でもあるイオンである.
「何って……?」
「健が行動を起こすなら,この国のものはみんな協力するぞ.」
男の好戦的な目つきに健の方がぎょっとする.
囁きかわす二人の前で儀式は着実に進んでいた.
出席者の半分はカストーニア王国のもの,そして残り半分はラーラ王国のものだ.

健は落ち着き無く周りを見回した.
席の右半分は見知った顔ばかり,左半分は威圧的に,もしくは優越感に満ちて健たちの姿を眺めている.
この表情が何よりも2国の国力の差を表しているのだろう.

ラーラ王国の王子がリルカの肩を抱き,誓いの口付けを贈ろうとする.
「おい,止めろよ!」
思わず叫んで,健は席から立ち上がってしまった.
途端にその場に居るもの全員の視線が健に集中する.

「あ…….」
ぴんと張り詰めた一触即発の空気に健は立ちすくむ.
敵意に満ちた目に,期待に満ちた目に,好奇に満ちた目.
しかし,次の瞬間,
「大変です! 魔族が砦に攻めてきました!」
大広間の扉を開けて一人の兵士が叫んだ.

昨日追い払ったばかりなのに,また来たのか!?
健は驚いたが,視線の集中から開放されて,正直ほっとした.
そして健は席から飛び出して,扉の方へと走りぬけた.
「カッティ,ファン,ユーティ!」
外に出るとすぐに自分の仲間たちの名を呼ぶ.
「行こう,戦場へ!」
腰の剣を確かめつつ,健は叫んだ.

「魔物たちの数は?」
花嫁らしからぬ表情でリルカは,魔物の侵攻を伝えに来た兵士に聞いた.
「……数はおよそ500,それと魔王が出てきています!」
するとリルカは乱暴に頭のベールを剥ぎ取った.
そうして驚く花婿の前で,ドレスをがばっと脱ぐ.

リルカはドレスの中に,すぐに戦いに赴けるような服を着込んでいたのだ.
「行きます!」
自分の周りを囲む自国の兵士たちに向かって命令を発する.
「すぐに戦闘の準備を.」

「はい!」
整然とそして元気よく兵士たちは返事をした.
そして結婚式などそっちのけでわらわらと動き出す.
未だ魔族との戦闘に慣れていないラーラ王国のものたちだけが取り残されたようにおろおろとする.

リルカは自分の夫になったばかりの青年に向かって言った.
「カイザック様,私は戦場へ赴きます.」
すると金の髪の青年は優しげに微笑んだ.
「私もついてゆきます.」
そのときのリルカの表情の変化に,カイザックは肩を竦めて笑った.
「そんな困った顔をしないで下さい.魔法は使えませんが,私もなかなかの剣の使い手ですよ.」

戦場ではすでに戦端が開いていた.
群れをなして襲ってくる魔物たち,そしてその最奥には,
「魔王ガイエン!」
健はその名を呼んだ.

鈍く銀に輝く甲冑を着込んだまるで人間のような体型の魔物.
背丈も健とほとんど変わらないだろう.
魔族の頭領,カストーニア王国の災いの元凶.

「我,ワーデル・カストーニアの名にかけて願う,」
すぐさま魔物たちの群れに向かって健は特攻をかける.
「風の刃!」
かまいたちが魔族たちを襲う.

「タケル!」
「タケルが来たぞ!」
健の到着に気付いた兵士たちが歓声を上げる.
健は一直線に魔王に向かって,魔物たちの群れに飛び込んだ!

「死にたくなかったら,どけぇ!」
古の勇者の剣で右に左に怪物たちを打ち倒す.
「目的は魔王だけだ!」
健の後を空からはカッティが,地上からはファンとユーティが追いかける.

ファンが大斧で枯れ木に似た魔物の頭をつぶすと,ユーティが弓で怪鳥の目を射抜く.
「魔王を倒して平和を取り戻す!」
健は二人に向かって叫んだ.
「それがリルカの結婚を止めさせる方法だ!」

リルカが戦場についたとき,すでに健たちは戦場の真っ只中で戦っていた.
健はダントツに強い,通常兵士たちが10人がかりで倒すような魔物でもたった一人でねじ伏せる.
勇者ワーデルの末裔だけが行使できる聖魔法を操り,勇者の剣を振るう.

……私も,負けてられない!
リルカはきっと顔を上げた.
「みんな,行くわよ!」
勇ましく兵士たちに呼びかける.

おぉ,と歓声を上げる兵士たちの先頭に立ってリルカは呪文を唱えた.
「我,ワーデル・カストーニアの名にかけて願う,」
腰の剣をさっと抜き去る.
「光よ,我に道を示したまえ!」
ぱぁっとあたりが光り輝き,魔物たちが打ち崩れる.

「我が名はリルカ・カストーニア! 勇者ワーデルの血を後世に伝える者!」
魔法で倒された魔族たちを踏みつけて,リルカは敵の真っ只中へと突っ込んだ.
その光景をあっけに取られたように,夫になったばかりのカイザックは眺めた.
カストーニア王国の王室ただ一人の生き残り,戦女神のリルカ・カストーニア.
なんという強さだ!

一斉にリルカただ一人に向かって魔物たちが襲い掛かる.
魔族の狙いは世界征服の邪魔になるであろう勇者の末裔の抹殺,それがカストーニア王国だけが襲われる理由だ.

「ガイエン!」
やっとの思いで,魔王に辿り着いた健は叫んだ.
いざ,神妙に……,
「勝負に応じろ!」

ガィィン!
音高く,両者の剣がぶつかり合う.
健は甲冑そのものとしか思えない魔族の長と打ち合った.
「タケル,会いたかった…….」
すると甲冑が,魔王がしゃべったのだ.
健はぎょっとする.
魔物がしゃべることができるなど,今まで聞いたことも見たことも無い.
それともこいつだけは特別なのか!?

「何? あんた,しゃべれたの?」
激しい打ち合いを演じながら,それでも健は軽口を叩く.
「お前が私の望みをかなえてくれる勇者だからだ.」
まるで地底の底から響くような声だ.
「はぁあ!?」
健は顔をしかめた,何意味の分からないことを言っているのだ!?

「1年前にお前に切られた右腕が今も痛む,再生し傷も癒えたはずなのに……,」
魔物のくせに妙に饒舌である,それとも言葉を覚えたばかりなのでしゃべりたくてたまらないのだろうか.
「だから,なんだってんだよ!」
健は魔王の首すじに向かって勢い良く切り込んだ.
魔王の頭のかぶとが弾け飛ぶ.

兜からさらされた顔は人間のものだった…….

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