悪役令嬢と変態騎士の花園殺人事件

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  13 凶器のありか  

 五日後の水曜日、花園は普段どおりに再開した。私を含め生徒たちは、ぎこちなく日常生活に戻る。ただアイビーが死んでいた階段は、立ち入り禁止のままだ。イネスは登校してこなかった。
「イネスがアイビーを殺したらしい」
 どこからか、うわさが流れていた。けれどアイビーの評判は悪く、イネスがかわいそうと同情する声が多かった。
 私はそれに賛同できなかった。アイビーの事情を知ったから。それにイネスは、私たちが期待するほど善良ではない。ずるがしこく、保身的だった。私はやるせない気持ちで、花園にいた。
 イーサンは花園に来なかった。オスカーとは廊下でばったり出会った。私は彼にあれこれ聞いたが、彼は守秘義務と言って、何も教えなかった。
 金曜日、私は決心して、学校帰りに王城へ行く。私と友人たちの無実は証明されたが、私の中で事件は終わっていない。第三隊の資料室に向かい、いきごんで扉をノックする。扉は内側から開いた。
「何の用だ?」
 私の父親くらいの年齢のおじさんだ。めんどくさそうな顔をしている。部屋の中には、ほかにもふたりの騎士がいる。ふたりともテーブルに向かって、地図やノートを見ていた。私をがっかりさせることに、ヒューゴはいなかった。
「おいそがしいところ申し訳ございません。ヒューゴはどこですか?」
 私はたずねる。おじさんは私をじっと見た。私はいかにも学校帰りといういでたちで、大きなカバンを両手に持っている。本やノートのせいで重い。
「調査の依頼なら断る。何を盗まれたか誰が誘拐されたか知らんが、自分で解決してくれ」
 彼はそっけなく答えて、扉を閉めようとする。
「ちがいます。私はヒューゴの恋人なので、彼に会いたいのです」
 私はあわてて主張した。おじさんは目を丸くしてから、笑う。
「あの変態に恋人がいるわけがない。ウソをつくなら、妹にした方がいい」
 私はちょっとむっとした。
「オリヴァー! あそこの鍛冶屋でまちがいなさそうだ」
「現場に行きます。直接、職人に会って確かめましょう」
 テーブルにいた騎士たちが、おじさん、――オリヴァーに声をかける。
「分かった」
 オリヴァーは振り返り、答えた。それから私に、ニヒルな笑みを見せる。
「悪いな。俺たちは今から、犯罪者に会ってくる」
 彼は部屋の中に戻り、壁にかけてあった剣を取った。剣を腰に下げて、マントをはおる。三人の騎士たちは速足で、部屋から出ていった。
「今回の件は国家転覆罪かもしれん」
「そこまでいかないだろう。頭の回らないやつが、考えなしにやったことだ」
 彼らは不用心にも、部屋にかぎをかけなかった。扉の前で、私はひとり残される。これからどうしよう。ヒューゴはナゾが解けたら、私に用はないのだ。私は落ちこんだ。
 そのとき、ふっとひらめいた。ヒューゴは私に、殺害現場で発見したものはすべて、この部屋に保管していると言った。私は遠慮なく扉を開けて、部屋に入った。
 カバンをテーブルに置いて、引き出しのいっぱいある棚に向かう。ひとつひとつ引き出しを開けて、中身を確かめる。ある引き出しの中に、それはあった。私は息をのむ。王家の紋章が入った、黒色のナイフ。イネスが王族である、唯一の証拠。
 私はおそるおそる、ナイフを手に取った。ナイフに血はついていなかった。きれいに洗った後なのだろう。けれど私は、イネスがこのナイフでアイビーを殺したと分かった。そしてナイフを、踊り場から階段へ放って捨てた。このナイフで殺したと分かるように。
(ナイフが自分の持ちものとばれて、自分が犯人と判明してもイネスに支障はない。なぜなら彼は王子だから。王族は、殺人の罪に問われない)
 逆にナイフの持ち主が分からず、犯人が見つからなくてもよかった。さらに王家の紋章から、イーサンが犯人にされてもよかった。私はひとりたたずみ、真相にたどりつく。アイビーが、ナイフを隠した理由も分かった。
 アイビーは、自分を殺したイネスを罰したかった。だからひん死の体で階段から落ちてまで、ナイフを拾い隠した。ナイフなしで、犯人をさがしてほしかった。王子ではないイネスを逮捕してほしかった。当然、アイビーは自殺じゃない。彼女は死にたくなかった。
 私の目から涙が出た。私はアイビーが死んでから、初めて泣いた。アイビーがかわいそうだった。まだ私と同じ十七才だったのに。イーサンに振られても、いろいろな未来があるはずだったのに。こんなナイフで刺されて痛かった。すぐに死ねなくて苦しかった。
「ごめん。助けられなくて、ごめん。アイビー」
 私はおいおいと泣く。私とアリアとエマは、もっと早くに図書室へ行けばよかった。そうすれば死ぬ前に、アイビーに会えた。彼女を助けられたかもしれない。助けるのは無理でも、ひとりでさびしく死なせずにすんだ。後悔が波のように押し寄せる。
 ヒューゴは殺害現場でナイフを発見し、アイビーの願いをかなえた。資料室にナイフを隠し、凶器は見つかっていないとウソをついた。ナイフを出さずに捜査を進めた。
 予想外にナイフがなくなって、イネスは驚いただろう。彼はナイフを探すために、花園に毎日、通った。けれどナイフは見つからない。さらにヒューゴから、犯人と疑われている。イネスは、あせったにちがいない。
(イネスが第五学年の教室に花を供えたのも、ナイフを探すため。つまり、返り血のついたコートと一緒に、ナイフも捨てたかもしれないと疑ったんだ)
 それでもナイフは見つからない。イネスはヒューゴとオスカーに、凶器を探すように頼んだ。
 対して私は花園に行かなかった。ナイフも探さなかった。アリアとエマもそうだ。私とアリアとエマとイネスには、アリバイはなかった。けれどその行動のちがいで、犯人はイネスと確定したのだ。
 オスカーが資料室にこっそり入って、ヒューゴに怒られたのは、そこにナイフが隠してあるから。思いかえせば、ヒューゴの行動は分かりやすかった。
 ヒューゴはアイビーのために、ナイフを隠した。アイビーの無念をはらすために、犯人をさがした。ヒューゴは、すごくいい男なのだ。
 彼にもう一度、会いたい。私は泣きながら思う。ヒューゴに会いたければ、彼を私のもとへ連れてくればいい。私の手にはナイフがある。これで彼は、私に会いに来るだろう。
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